05 大市場をくぐりぬけて
ブラウの市場の大きさやにぎわいは想像していたものより遥かに大きく、津島を圧倒するには十分だった。
パンや米、八百屋などの食品系から、定食屋などの食事どころ。服屋や雑貨屋、玩具屋などの非食品系まで、お店の種類は様々。
そのなかでも津島は市場にある服屋という服屋をまわり、必要だと思う下着をメインに適当なシャツとズボンを買いいれた。市場が大きいだけにまわる服屋の数も多い。歩いた距離も。
それを顕著に表したのが、空の疲れ具合だった。津島が様子を伺うと、普段より数段テンションの低い顔で片手をひらひらさせる。
「俺は元気!! どう、必要なものは買えた?」
「うん……ありがとう。ごめんなさい、つき合わせちゃって」
「ならよかった! ついていくって言ったのは俺だし、ホント気にしなくていいから!! どうせ暇だし!」
買う物を買ったのなら、もう市場には用はない。微妙に勾配のある帰路についた二人は、行き着いた先の人影に足を止めた。それは一人の少女だった。
「あ」
空が短く声を上げるのに対して、津島は空の後ろへ身を隠す。歳はさほど離れていなさそうだ。耳の下までしかない赤茶色の髪をアクセサリーで更にコンパクトにまとめている様から快活そうな印象を受ける。
「だっ、誰? 空のお友達……?」
「ああ、多分。さっき行った畑の……」
「やっと帰ってきた!! おかえり、ソラ! カズ!」
空の言葉を遮り、黒いタンクトップと膝の隠れるズボンというシンプルな装いの少女は壁からを背を離した。二人の前で大きなつり目を動かし歯を見せて笑う。
「よかった! ノックしても全然出てこないし、日が暮れるまで帰ってこなかったらどうしようかと思った」
「悪い、買い物に行ってたんだ!! なんかあったの??」
少女は空の問いかけに「そりゃ、なにもなけりゃ家にまで来たりしないっしょ」と頷く。
「はじめまして、カズ! 本名はジェリクスだけどジェスって呼んで。今日あんたが行った畑に住んでるんだ。
これ、今日あんたが作った煮物のおすそわけ。ちゃんと二人分包んだから一緒に食べてね。おっかさん、すっかり渡すの忘れてたみたいで……ごめんね? あたしもお昼ご飯に食べたけど、超上手くてびっくりしたよ」
「なんだ、俺への用事じゃなかったのか!!」
「誰があんたのためにここまで来るかっての!! テスト期間なんだよ、こっちは」
ぎゃんと吠えたジェスが差し出した包みを、津島はとまどいつつもそっと受け取る。
「テスト期間なのにわざわざ届けてくれてありがとう……ええと、ジェリクス……さん」
「ジェスでいいってば! 礼はおっかさんに言って! じゃ、また明日ね」
「おう!! お疲れ!」
さっぱりと走り去ってゆくジェスに空は大きく手を振った。津島は、畑の奥さんから聞いた娘の話を思い出し小さく笑みをこぼす。
「あの子が、あの家の一人娘さんかぁ……。元気よくってかわいい子だね」
「本当に元気だけはいいよな。俺はあんな風に走る体力ないわー!!」
「あっ……ごめん! 連れ回した自分のせいだね」
「いやいや、今のはジェスを皮肉ってるだけだって。買い物は俺も楽しかったし。カズはちょっと謝りすぎ!! でも今はまだ慣れない奴の前だからって猫かぶってるだけで、本質はひどいやつだぜ??」
「うそ、そうは見えないけど……」
「まあ確かに見た目だけはいいけど。やたら暴力的なんだよ。ちょっと話しただけでバシバシ叩いてきてさ」
眉を寄せ、右肩に手を添える空へ、津島は「なるほど」と納得する。
「ね、ねえ、空。せっかく包んでくれたんだし、これも夕飯に食べようよ」
「そうだな!! カズのこの世界での初料理! 」
空は、津島の提案に白い歯をのぞかせた。
「おかえっさい、お二方」
家へと入ろうとした二人へ、その突如とした声は後方から飛んできた。振り返ると道をはさんでちょうど向かいの家、六十代後半と見える夫婦が玄関から顔を出している。二人してすっぽりとかぶった大きな帽子の間から、白くなった髪がはみ出ていた。固まる津島に対して、空は顔を輝かせる。
「あーっ! おじさんとおばさん!!!! 二階の壁、 ありがとうございます! まだ外からしか見てないですがすっかりきれいにしてくれて……!」
駆け寄りながらの言葉に促されて津島は二階の壁を見上げる。朝までそこには部屋の中が丸見えになるほどの大穴が開いていたはずだったが———
「あれ、なくなってる!!!」
「気がつくのが遅いよ!! このお二人が直してくれたんだ。まさか本当に半日で直るとは思わなかったですけど……やっぱりお金、払いますよ。あまり持ってないけど……」
そそくさと財布を取り出したが、それは笑顔で制された。
「うふふ、いいのよ。事故でできた穴ってふさぎたくなっちゃうのよね、わたしたち。見事な穴だったものだからつい我慢ができなくなっちゃったの。嫌ね、子供っぽくて」
「お金をとるためにやったでないから気にするな。ここらはお互い困っていたら助けて、助けられての精神さ! ま、俺らの手にかかりゃあこんなもん楽勝ってことよ!」
「でも……」
「でもじゃないの。その笑顔が見れれば十分なのよ、わたしたちは。うふふ。言いたかったのはね、二人のお部屋用の棚を入れておいたから使って頂戴ってことなの。じゃあ、またお話ししましょうね」
なかなか引き下がらない空から逃げるように夫婦は扉を、そして鍵を閉めた。結局津島がお礼をいう隙もなくガチャンという音に取り残され、二人は顔を見合わせる。
「いまの二人はこの街を代表する建築ギルドのリーダーさんなんだ。さっきまで居たあの市場の大半の建設も担当してたんだってさ」
昨晩津島が壁に穴を開け家を飛び出し、それをベニヒたちが追いかけに行っただ直後に、扉を叩いたののがあの二人だった。事情説明もいいところに家の扉を開けた空は、そのままソファーに飛び込む。そのまま動かなくなってしまったのを横目に、津島は二階への階段に足をかけた。
そっと覗き込んだ部屋の中は穴の痕跡が一切なくなっており、小さな窓までもが綺麗に直っていた。唯一昨日とは違う点がパステルカラーの青い棚だ。ベッドの横に置かれていたそれに、ふと湧き上がる優しさ以外を勘ぐる思考。もはや癖と言って違いないその思考に少しだけ嫌気がさし、ちいさくため息をついた。
×××
夕飯の時間が近づくと、二人はリビングに集まる。
さまざまなものが集まるこの街だからこそ簡単に入手出来る米を炊いて皿に盛り、コンソメに似た調味料で煮込んだ野菜スープ、ジェスから受け取った煮物を並べて椅子に座る。
その瞬間、津島の体がぐらりと傾きテーブルとおでこがひどく重い音を響かせた。
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