04 異世界でのアルバイト
津島はたわいもない話を続ける空の後に続いてバスへ乗りこむ。バスとは言ってもエンジンで動くものではなく、四速歩行の魔物が引く木製の荷車だ。
向かうは港町ブラウを縦断する大通りの端にある、街の外と内とを仕切る門の先。
がこがこと重い音を立てて進むバスから、津島はそっと外を眺める。天の明るい時間であれば人の賑わいが絶えない場所のようで、テラスで優雅にランチをとっている人がいれば、ジョギングをしている人も。その住民たちの光景は、人々の服装を除けば日本とそう変わりがない様子のように津島には見えた。
バスを降り街の外につながる門をくぐると、風景は地平線のさきまで続く草原へ、石畳だった道は今にも草の侵略に負けそうな砂利道になり、人の声がとたんに遠くなる。ついでながら昨夜津島がパニックを起こし駆け込んだ森は、街を挟んでちょうど反対側だ。
そんな潮の香りが漂う草原にぽつりぽつりと見える民家のうち、特別大きな敷地を持つ一件の塀の前で空は足を止めた。風に撫でられぎいぎいと音を立てている小さな扉へ慎重に手をかける。
「ここから入るんだけど、この扉付け根がちょっと弱ってるから注意な!!」
「自分も入っていいの?」
津島の問いかけへ「もちろん」と言い切った空は、中に入るや否やその場の全員に聞こえるほどの声量で言い放った。
「おじさん、こんにちは!!! 昨日ここに来たばっかの友達連れてきたんですけど、ちょっと見学いいですか??」
柵の内側に広がっていたのはブロック分けされた畑だった。そこでは学生や主婦、様々な人が賑やかに喋りながら、土をいじっている。
ギルドという境なくとにかく人員を募集していたそこは、身元のはっきりしない空でも快く雇ってくれたのだという。津島は集まる目線に反射で顔を伏せながら、ふと家の近所にあった市民農園を思い出した。採れすぎたナスやきゅうりなどをよく分けてもらったものだ。
空の声を聞きつけて一人の男性が畑の奥から姿を現した。よく焼けた肌に赤色の短髪、麦わら帽子と漫画に出てきそうなジーンズのつなぎを身につけているその男性は、津島のことを一瞥する。
「この時間になってもまだ見かけないからなにかあったのではと思っていたが……お友達か。またひょろっこいやつだな」
「俺の新しい同居人なんです!! カズって呼んでやってください!」
「畑の中に入らなければどこに居ようと好きにしてくれていい。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
鋭い目線に萎縮しながら頭を下げる。「あんなに大きな声を出さなくてもよかったのに」という彼の不満に当然ながら気がつくことのない空は、軍手を身につけやかましい笑顔で手を振った。
「カズはそこらの日陰で待ってて。暇になったら帰ってもいいし!!あっ、でも熱中症とかで倒れないようにだけは気をつけろよ!」
「う、うん。わかった」
津島は目的のブロックへ向かうその背を見送り、それとなく辺りに目線をやる。
この世界の人たちはどのような生活をしているのか、その欠片だけでも見ることができたら。と思っていたがそれも存外平凡で、耳に入る雑談も天気の話や旦那の愚痴などたわいもない。街の風景といい、ただ魔力だとかそういったものがあるだけで、人の生活自体は元居た世界とさほど変わらないようだ。
安堵をすると今度は仕事をしている人たちの中突っ立っているだけの自身が気になり始める。わざわざ連れてきてもらった身、勝手に帰るのも気が引けたのでしばらくは我慢していたが、耐えきれず柵の間を縫って仕事中の空へ近寄った。
「そっ、空!! 自分もなにか手伝いたいんだけど……」
「ええ、でもこれは俺の仕事だし……。あっ、それならさっき挨拶したおじさんに聞いてみなよ。なんかくれると思うぜ!!」
「あっ、あの人。ありが——あ…… 」
空が指をさした先に顔を向けると、畑の中におじさん——もといここのご主人が立っていた。話はしっかりと聞こえていたらしく、その証拠に目線はしっかりと津島と空を捉えている。口角が小さく引き上げられた。
「友達が働いているのに自分は見ているだけというのは落ち着かないってとこだろ」
農具を地面に突き刺し、見当をつけるように津島を見た主人は、土のついた軍手のまま顎をさする。
「完全に私用のならあるんだがな。それでいいなら、そこで靴を脱いで家に上がり、廊下を左に進め。調理場に僕の家内が居るはずだから声をかけてみるといい」
主人の言葉へ礼を言い残した津島は、日本家屋を強く連想させる家へ縁側からそっと上がりこむ。開け放たれた襖から伺える畳の香りを吸い込めば、懐かしい思い出が脳裏によみがえるようだった。父親の家が、この家の雰囲気とよく似通っていたからだ。父親の部屋に充満していた畳の匂いや花があふれる小さな庭が、津島は大好きだった。
ギシと鳴る長い廊下を進んだ先、五人入っても余裕のある広さの調理場で一人せっせと包丁を動かす女性の背に津島は服の裾をにぎりしめる。
「すっ、すみません!! お手伝いできることはありませんか!」
声が裏返ってしまった。虚をつかれたように顔を上げた女性と目が合い思わず後ずさる。少し丸い顔にくりくりとした瞳。ご主人より少々赤みの強い髪の毛は後ろにまとめられている。さきほどの話からすると、この人が奥さんなのだろう。そっくりなご夫婦だとうるさい心臓の音を聞きながら津島は思う。
「あんたは誰だい。いきなりこんなところへ入ってきて」
当然の言葉だ。あわててこの畑へ来るに至った事情から説明をすると、その険しい顔は徐々に柔らかいものへと変わっていった。
「はあん、なるほど。それじゃあこっちへおいで。バイトの子に調理場の仕事を任せるなんて何を考えているんだと思ったけど、そういう話なら仕方ないさ。名前は? 何て呼べばいい??」
「あっ、ありがとうございます!! 津島 和音と言います。津島と——いえ、カズと呼んでください」
×××
「そうそう。それをそっちに入れて、できたらその食材を一口サイズに切っておくれよ」
借り物のエプロンを付けた津島は、奥さんの言う通りに包丁を動かす。じゃがいもを鍋に入れて、隣ではキャベツと鳥をトマトで煮て。
主人から頂いた津島の仕事は、昼食作りの手伝いだった。
「なかなか筋がいいよ。包丁の扱いも上手い。うちには娘が居るけどもあんたみたく器用でなくてさ。いくら教えても包丁の使い方すらなかなか覚えてくれないんだよ。困ったもんだ。女なんだからいつかはどこかに嫁ぐというのに」
「あー……確かに、女の子だと大変そうです。家事は覚えることが多そうですもんね。 あの、これ切り終わりました。お鍋の中に入れるんですか?」
手元を示せば、奥さんは口角を引き上げ頷く。
「入れて欲しいタイミングで声をかけるからちょっと待ってね。その野菜固かったでしょ? いつもその野菜を切るのが一番疲れるんだ」
「すごい固かったです。いままでこんな野菜に触ったことなかったから、びっくりしました」
「だろう! その野菜は固ければ固いほど、沢山の甘みと栄養を含んでいるんだ。とっても手際がいいから助かった。ありがとう。今日一日だけのお手伝いはなんだか勿体無いね。また手伝いに来ておくれ」
「いっ、いいんですか?」
「もちろんだとも」
奥さんは快く頷くと当時に、津島へ切った野菜を鍋にいれるよう促した。
昼食が完成し手伝うこともなくなったところで、津島は最後にキッチンをゆるりと見渡す。
はじめてここへ足を踏み入れた時、なんだかここへ来るのは初めてではない気持ちがした。父の家を連想しているわけではないが、それでも確かに“戻ってきた”という実感があった。
頭をひねる。
こう言うのをなんと言うんだったか。
×××
「さーー!! 終わった!!おつかれさま!」
空は曲げていた腰を思い切りそらして関節を鳴らし、大きく息をついた。その手には労働の報酬が入った封筒が握られている。
「お疲れ様でした。……本当に自分も貰っていいのかな」
「大丈夫だろ!! 向こうが渡したいって言ったんだから!」
その報酬は、ただの手伝いのはずだった津島にも出た。
するべき仕事を終えた空が、縁側に置かれたカゴに無造作に積まれた封筒の山から空の名前が書かれた——とは言ってもその文字は相変わらず津島には読めなかったが——封筒を引き抜いたときには、まず日給制であることに驚いたものだが、自身の名前が書いてある封筒までもが用意されているとは予想していなかったのだ。手伝いをすることになった直後に、主人が急遽用意したらしい。
空のものより少ないとはいえ申し訳ないと置いていこうとした津島に、相当な力で封筒を押し付けた上「明日も来て」と言ったのは、調理場から出てきた奥さんであった。
「ここの文字では自分の名前はこうやって書くんだね……」
「そうそう!カズ、よかったらだけど、今から服を買いに行かない?? いま着てるその服だときっと、少し浮くと思うから」
「服!! そうだ、服! 買いに行きたい!」
「じゃあブラウの海市に行きましょうか!」
やかましい顔でのその提案に、津島は大きく頷いた。
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