6
七月三十日の、土曜日。花火大会の前日。
私は、いつもの浜辺に来ていた。
海を眺めながら、明日のことを考える。
結局、今日まで村瀬には会うことができなかった。二日に一度くらいのペースで浜辺に足を運んでいたけど、入れ違いになっていたのか、そもそも村瀬はここに来ていなかったのか、一度も会えないままだった。つまり、きちんと明日の約束を断ることができなかった。
別に、行くって返事したわけじゃないし、すっぽかしたっていいんだけど。
どうしようかな。
その場に寝転がり上を見ると、木の隙間から青色が風に揺られて見え隠れしていた。鼻から息を吸い込むと、やっぱり潮の香りがした。目を閉じて、波の音と蝉の鳴き声の二重奏に耳を澄ませる。
しばらくそのままでいると、海と反対の方角から、かさ、とビニールが擦れるような音がした。起き上って後ろを振り返ると、村瀬が白いビニール袋を提げてこちらに歩いて来ていた。暑いのか、ズボンの裾が脛の辺りまで捲りあげられていた。
目が合う。
「よ」
村瀬は片手を上げて、ちょっとだけ笑った。
そのまま私の隣まで来ると、村瀬はビニール袋からアイスの袋を取り出して、そのまま袋を破った。妙に幅が広くて棒が二本ついている、何やら変てこなアイスだった。
「食う?」
私が返事をするよりも先に、村瀬はアイスを真ん中のところでぱきっと二つに割った。片方を私に向かって突き出す。
「ありがと」
私はアイスを受け取りながら、なるほど真ん中で割って二人で食べるために棒が二本ついていたのか、と納得した。
村瀬は私の横に腰掛けた。
「あちー」
ぱたぱたと片手を団扇代わりにする村瀬の首筋には、汗が伝っていた。
「部活?」
「うん。やっぱ体動かすとあちーな」
そういえば村瀬が何の部活やってるか知らないな、と思いながら私は水色のアイスをシャリッと一口かじった。ソーダ味。
「ねえ」
「んー?」
私は前髪を触りながら「明日のことなんだけど」と切り出した。
「あー花火大会? しばらく会ってなかったから、忘れられたかと思ってた。覚えてくれてたんなら、良かったよ」
そう言って村瀬は笑顔を見せた。
……断りづらい。
「で、花火大会がどうした?」
「えっと……何時にどこだっけ」
「七時半にY字路」
そっか、了解、と私は返した。流されやすいのは、昔からだ。
「せっかくだし、浴衣で来いよ」
村瀬の放った何気ない一言に、胸が嫌な鳴り方をした、
浴衣。
ずっと前から、今年の夏には浴衣を買ってもらう約束をお母さんとしていた。あの事故さえなければ、明日の花火大会は、新しい浴衣に袖を通して行くはずだった。
「持ってないよ」
私は、動揺を村瀬に気取られないように、アイスを一口かじってから答えた。
「ふーん。じゃあ今から買いに行くか?」
「は、何言ってんの。行かないよ」
「冗談だって」
けたけた笑う村瀬の横顔を見て、どことなく落ち着かない気持ちになる。
ひとしきり笑った後、村瀬は「さて」と立ち上がり、制服のズボンについた砂を払った。
「じゃ、俺、そろそろ行くけど、山元はどうする?」
「私は……もうちょっとだけここにいる」
「そっか」
村瀬は、アイスが刺さっていた木の棒を砂浜に指先で押しこむと、ぐっと伸びをした。
「じゃ、明日遅れんなよな」
「わかってる」
一度だけ手を振って、村瀬は去って行った。
……こういうことをする人がいるから、この浜辺は寂れてるんだよなあ。と、村瀬が砂浜に押し込んでいった木の棒を見て思った。というか、ビニール袋はちゃんと持って帰ったのだったら、これくらいのゴミ一緒に持って帰ったらいいのに。
私は、人差し指と親指で木の棒の先端をつまみ、ゆっくりと引き抜いた。砂がはらはらと舞う。
その時に、木の棒に何か書いてあることに気付いた。文字が反対向きになっていたから、棒をひっくり返した。
あたり
その三文字が書いてある。私は左手に持っていた自分が食べたアイスの木の棒を確認した。こっちには何も書いていない。
うーん。
やっぱり変てこなアイスだな。
私は二本の木の棒を砂浜に並べてから、その場に寝転がった。木陰になっているから、耐えられないほどの暑さじゃない。
村瀬は、あたりの棒に気付いていたのだろうか。それでわざとここに置いていったのかな。良く考えたら、村瀬はゴミをポイ捨てするようなタイプじゃない。ビニール袋の方は持って帰ったみたいだし。でも、なんのためにだろう。くれるのなら、直接渡してくれたらいいのに。私が気付かなかったら、ただゴミを捨てただけだ。
村瀬のことで忙しなく思考が働いてしまっていることに、はっと気付いて私は起き上がった。
だめだ。ここで寝転がっていたら、余計なことを考えてしまう。
太陽は、水平線の方へ傾き始めている。そろそろ帰ろう。
私は並べて置いていた木の棒二本を手に取って、家路についた。
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