第14話
どこにさまよい出ても、朝になれば君は宿酔いの頭を載せて事務所に向かうことになる。たいした量を飲んだ訳でもないので、この違和感ははまだ何処かで迷走が続いているせいだと君は納得している。
明るくなっているが、時計を見ればまだ夜が明けて間もない時間だ。しかし、たった一度背伸びしてあくびをしただけで、君は眠りを掴み損ねて、目を閉じられなくなってしまう。
君はやむを得ず起きて身支度をする。水でも飲みながら駅前まで出てそばでも食べれば、少しは気分もましになるだろう。そんな風に考えながら家を出る。
住宅地らしい風景は小さな公園の脇を境にまだらになり、少しずつ事務所や店舗らしいものが混ざりはじめる。
君は、自分が借りている事務所の前を素通りして、駅前に向かう。
駅前では、コーヒースタンドの開店準備が始まっている。女性スタッフが店内からホットサンドののぼりを運び出している。他のファーストフードよりも早くに開店するのかと横目で見ながら、君はガード下にある立ち食いソバやの暖簾をくぐった。
ソバをを食べながら、君は絡む電話コードの連想を咀嚼する。
事務所に入りはしたものの、宿酔いは完全には治まっておらず、君の気分も晴れたわけではない。ただとにかく今日の要件をこなすべく、とりあえずパソコンを立ち上げて、携帯電話を充電器につなぐ。
「コーヒーだな」
まだ少しだけ残るこの程度のけだるさであれば、コーヒーでどうにかなる筈だと君は立ち上がる。コーヒー豆をひくために、缶からコーヒー豆をミルに移している最中に、手元が狂って計量スプーン一杯分のコーヒー豆を床にぶちまけてしまった。
「ええい」
我ながらのろのろと重い自分の所作に苛立ちながら、君はかがんで床にぶちまけたコーヒー豆を集める。
「ほうきじゃないのか」
自分の動作がいちいち気に食わない。
豆のつぶは棚の隙間にも入り込んでいる。寸秒前にはほうきと言ったが、君は立ち上がらず、豆を取るために手をのばす。
壁際にはわせてある電話のコードが目に入る。棚の裏辺りに、コードとコードをつなぐためのコネクタが転がっている。この事務所に越してきたときに、手持ちの電話線で済ませるために使った部品だ。
「コネクタか」
豆を拾い終えた君は、コーヒーをいれて仕事をはじめる。
午前は放っておいても過ぎていく。昼食をどうする気にもならないまま昼が過ぎてしまい、空腹を感じる頃には中途半端な時間になってしまっていた。
君の足は商店街と駅前のどちらも選べなかった。どちらに向もかえないまま立ち止まってしまう。
夜には消える大量の自転車を目で追っていれば商店街の入り口までは行けるだろう。駅の方に向かえばとりあえず選択の幅は広がる。
漠然と移動して、なんとなく商店街をのぞいた君は、伊勢屋の前にトラックが停まっているのを発見する。娘さんがトラックから荷下ろしをしている様だ。
「こんにちは。荷下ろし?」
「あ、こんにちは」
リフト付きの結構大きなアルミバントラックから雑多な荷物を下ろしている様だ。
「普段はまっすぐ向こうの店に持って行くんだけど、今日はこっちの分もあって」
「向こう?他にもあるの?」
「あ、知らなかったですか。うち、家電系専門の店舗もあるんですよ」
「初耳。ああ、店開けてから大沢さんが居なくなるのは、そっちの店番?」
「お父さんが居なくなるのは、本当にどっか消えるんです。仕入れのときもあるんですけど」
「そうなの」
「いい気なもんですよ。うち、倉庫もあって、そっちからたまに電話がかかってくるんです。トラックには積んどいたけど、もう出かけるからよろしく」
「ああ」
「私、自分の車持つ前に、このトラック運転できる様になっちゃって」
「凄い」
トラックを見ると、荷台の中に大量の電話機が積んであった。
「電話だ」
「うん。事務所用のやつですね、どっか大きい会社のやつどかっと引き取ってきたみたい」
「凄い量だよ」
「ね」
「電話か」
「ん?」
「うん。一台買っていこうかな」
「あら」
「これは?」
「これは、管理用の親機みたいなのが要るから単品じゃダメですね」
「そっか。ちょっと中のやつ、見てくる」
君は伊勢屋に入り、黒電話があった場所の空白をもう一度目にすることになる。
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