第13話

 方向が定まらないまま、君は適当な店に入るタイミングも失って、閉店間際のスーパーマーケットで半額になった売れ残りのお惣菜を前に買い物かごを持っている。閉店まであと10分。売り場にはポテトサラダ、きんぴらごぼう、煮豆の他に、フリッターとだけ書かれたポップの後ろに、何に衣を付けて揚げたのかよくわからないものが少しだけという状態。スーパーでお惣菜をと足を向けたときには、とりたてて何かのイメージがあったわけでもないのに、君はこの光景になんとなく期待を裏切られた気がしている。

 缶ビールもと思っていた気をそがれて、袋はとても軽い。

 こうなると結局はぐるりと商店街の外周を大回りする感じでうろうろしていたことになる。

 部屋に真っすぐ帰るとなると、事務所の前を通るのが最短距離になるが、事務所に近づくと部屋ではなく、事務所に入ってしまいそうだ。現に、そう思った瞬間から君は事務所にもどってできそうなことをあれこれ考え始めている。

少し方向を変えて、商店街を突っ切ってしまう方が良さそうだ。君は用事を次々と思い浮かべてしまう自分をどうにかごまかし続けて、そのまま商店街の方に足を踏み入れた。

かつては幹線道路だった二車線の車道を挟んだ両側に妙に拾い歩道を備え、その上をアーケードで覆っているこの商店街は、そう長くはないものの、あまり車が通らなくなった道の両側で、そこそこの数の店が営業している。駅前に飲食店が多い分、スーパー、商店街、駅前という風に人の流れが循環していて、車通りの無さがかえって自転車などでここに来るひとたちを呼んでいる気がする。最近はほとんど撤去されたが、一時期、放置自転車がこれでもかと歩道にひしめいていたことがあった。

 自転車がひしめいていた頃にはあまり感じなかったが、アーケードの明かりは歩道の幅に微妙に合っていない。歩道の中央は照らしているものの、道の際や店頭はあまりしっかりと照らせていない。昼間は明かり取りが店側に光を入れる。店の営業時間帯には感じない暗さが、かえってそのまま一気にこの商店街を突っ切らせる一直線の道を作っている。

 アーケードを抜けて、君の影が君の正面にまわる。

 喫茶店の奥でまだ明かりが灯っている。

 足を止めて店内をのぞいた君は、彼女の横顔を見る。

 彼女は手にした受話器をじっと見つめている。

 携帯電話でも構わない筈だ。もし、電話線が必要なら、普通の電話でも構わない。

 彼女の手の込んだごっこ遊びに、君はなんとなく違和感を感じてしまう。恐らく理由は無い。それでも彼女がこれを始めるまでには、微かな携帯の音が君の耳に入り、彼女が電話に出る動作を見て君の思考は途切れた。君は反射的にその場を立ち去ろうとして、また商店街に逆戻りした。

 薄暗い一本道を君はスーパーの袋の軽い音と一緒に戻ることになる。

 君は今、何も考えていない。ただ、彼女が受話器を持つ姿だけを反芻して自分の足音とスーパーの袋が揺れる音を聞いている。

 ふと、反対側のアーケードが視界に入る。ずっと向こう側に、電話しながらゆっくりと歩いている人影が見える。

 その人影が田中さんに見えて、君は思わず車道に出て、反対側のアーケードに渡った。

 歩きながら電話をしているというよりは、ただ立ってその場に留まってもいられないので移動しているという風な速度。すぐに追いついて、君はその背中が確かに田中さんだと確信した。ただ、誰とどんな話しをしているにせよ、田中さんの口調は気まずそうでもあり、真剣でもあり、困惑しながら何かを懇願している様だった。

 「なんでそんなことになるんだ?」

 田中さんの声がはっきり耳に入って、君は田中さんにそれ以上近づくのをやめた。

田中さんは、背後に君の気配を感じたているだろうか。気付いていてもおかしくない距離だが、反応する様子はない。

 君は、そっと田中さんから離れ、また車道を横切って反対側のアーケードに入る。なにも大きめの通りを選んで歩くことはない。アーケードの途中で路地に入ればそれで済むことだ。君はとにかくその場から遠ざかることにした。途中にビールでも買える様な場所はあっただろうか。とにかく、こうやってうろうろしている状態から脱けだしたい。

 もう少しだけ向こうに行けば、小さな立ち飲みスペースのある酒屋があった様な気がする。近所とはいえ取り立てて用事もないので普段歩かない辺りの、更に路地二つばかり向こう側の頼りない印象を頼りに、君は迷走を続ける。

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