06 ネオ

「ここは‥‥」


真っ白な空間が果てしなく地平線の先にも広がり、大地には白い花が咲き溢れていた。


どこかで見た風景。


この場所をどこで見たんだろうと思い出そうとしていた時、背後から猫の鳴き声が聞こえた。


その鳴き声が聞こえた方へと振り返ると、銀色の毛並みをした一匹の大きな猫がいた。


猫の口がパクパクと開き、真子に何かを語りかけているようだった。


「何を‥‥言ってるの?」


真子は耳を傾けたが、それでもよく聞こえなかった。


すると猫は、唐突に真子に飛び掛かり、そのまま抱きしめてきた。


抵抗することはせず、大きな猫に抱きしめられるまま身を任せた。


猫から伝わる心地よい温もりを感じ、その温もりをもっと感じたい一心で真子も抱きしめ返した。



  ■□■


温もりは冷め去り、真子は目蓋を開くと、そこは病室だった。


「夢?」


まだボンヤリとする頭で、なんでここにいるのかと思い返すと、昨夜の出来事‥‥変な少年に襲われ、謎の声が聞こえて、戦った記憶が残っていた。


頭はボンヤリしており、何故自分が此処に居るのかを思索する。昨夜の出来事‥‥怪しい少年に襲われ、不可思議な声が聞こえ、戦闘の記憶も頭に残っていた。


一体どこまでが夢で、どこまでが現実の出来事だったのかを思い返していると、


『おや、やっと起きたか』


聞いたことがある声に呼びかけられた。


真子は声がした方に顔を向けると、自分のお腹辺りに銀色の毛並みの猫が横たわっていた。


よく見ると猫の輪郭は煙のようにゆらりと揺らめいている。その猫の尻尾が真子のお尻‥‥尾てい骨辺りに繋がっているのだが、まだそれに真子は気付いていない。


「えっ!」


なぜ猫がここにいるのか元よりも、


「い、今‥‥喋った?」


猫が喋ったことに驚愕するしかなかった。


「猫が喋るなんて、そんなゲームのような‥‥」


『なんだ? 喋って話せることが、なんの悪いことか?』


猫は普通に喋る。


真子は猫に触れようとしたが、抵抗も無く真子の手が猫の身体を通り抜けてしまった。今、自分の目の前に物体は、実在しないものが実在しているという奇異の証明だった。


「あ‥‥あなた、一体何?」


得体の知れない存在を前に、真子は恐怖を感じながら声を震わせて問う。


『何、か。その質問に答えるのは難しいが‥‥。名を答えるとしたら、ネオだ。そう呼んでおくれ』


「‥‥ネオ?」


『そう。ああ、確か人間たちは、わしのような存在をこう称していたな。“電脳生命体”と』


次々と語られる内容やネオの存在に「何と答えれば良いのか」と、真子は言葉を出来ずにいた。

自分がどんな状況に巻き込まれてしまったのか理解できずに困惑してばかりでは先には進めない、少しでもこの靄を払おうと、より詳しい説明を求めようとした所で、昨日知り合った看護士が病室に入ってきた。


「声がするかと思ったら。真子ちゃん、起きていたのね」


「横峰さん!」


「どう調子の方は? 何か異常は無い?」


異常と言うより“異変”ならある。その証拠を示そうと、


「えっ‥‥と。よ、横峰さん。あの、ここに何かいません?」


猫がいる場所に真子は恐る恐る指を差したが、横峰は首を傾げた。


「‥‥何もいないけど。何かあるの?」


その答えに絶句する真子。


「そ、そんな‥‥。た、確かにここに猫が居るじゃ‥‥っ!?」


猫‥‥ネオの存在を横峰に再確認させようとしたが、話しの途中で真子は金縛りになってしまい口が止まってしまう。

その代わりにと、


『余計な事を言うな。ヘタに混乱させてしまうだろう』


脳内にネオの声が響いた。

金縛りの原因は、どうやらネオの仕業のようだ。そして、


「べ、別になんでも、ありません」


真子の意思に反して言葉を発した。


ネオが真子の身体を乗っ取って喋ったのである。だが意味不明なことを口にした真子に、横峰は不安を覚えてしまう。それ以外にも気遣う点があった。


「そ、そうだ。真子ちゃん‥‥昨夜のことなんだけど。何か覚えていることはある?」


昨夜‥‥今、自分の身体を操っているネオという自称“電脳生命体”が姿を現したり、廊下でおかしな子供に襲われて戦った。まるで夢のような出来事である。


むしろ夢の出来事だと思ったが、猫‥‥ネオの姿を見て、現実だったのではと思い知らせる。


「それで真子ちゃんって、夢遊病だったりする?」


「へっ?」


「昨晩ね。真子ちゃんが廊下で寝ているところを見つけて、私がここまで運んだのだからね」


横峰の告げた事実とネオの姿によって、やはり昨夜の出来事は“夢”ではなく“現実”であることを確信せざるを得なかった。


「あ、あの横峰さん!」


昨夜のことをもっと詳しく聞きたいと思いながら声をかけたが、横峰の腰からメロディ音が鳴り響いた。横峰はすぐさま、腰に差していた電子情報端末機を取り出して、画面を確認する。


「あ、鬼塚くんも目を覚ましたのね。ごめん、真子ちゃん。ちょっと呼び出しが入ったから。気分が悪くなったり何かあったら、そこのコールボタンを押してね。ああ、もう。早く人手不足を解消して貰いたいわ」


さらりとグチを漏らしながら横峰は慌ただしく病室から出て行ったのだった。


「あ、横峰さ‥ん‥‥」


呼び止めようとして挙げた真子の右手が虚空に消える。


病室に残された真子と謎の物体‥ネオ。


真子は何も言わず、未だ解せないネオに訝しげな視線を移す。その真子の気持ちを察したのか、再び声が脳内に響いてくる。


『まあ、お主が言いたいことも聞きたいことも解るが‥‥。なにはともあれ、これからよろしゅうな』


ネオの挨拶が真子の聞こえているのかいないのか。ただ真子は呆然とした。  理解できない事を必死に理解しようとしたが、自分の中にある常識が全力で否定しだして、どうにもならない状態。

それはつまり、


「何なのよ、これわッッッっっっーーーー!」


今の気持ちを全て吐き出すかのように大声で叫んだのだった。

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