05 それは、猫耳だった

時刻は午前0時。

普段なら眠りの淵に誘われている時間帯ではあるが、


「眠れない‥‥」


真子はギンギンと目が冴えていた。

疲れてはいるのだが、一向に眠気が襲ってこず、布団をかぶっては目を瞑り、目を開いては布団をめくってを繰り返していた。


「そりゃ、三日間も寝ていたんだから、眠くならないわよ!」


眠れない理由を自分に言い聞かせるかのようにツッコミを入れる。


このまま朝まで起きていようかなと思った矢先、ぶるっと生理現象を催し、トイレへと向かうべくベッドから起き上がった。


だが、そこで体が止まり、横峰の言った『私は“まだ”見たことが無いし』が頭の中をよぎった。


「それって、見たことがある人はいるって事じゃん」


このまま朝まで我慢しようかなと考えたが、やはり人間誰しも生理現象に逆らえる訳が無い。嫌々ながらも病室を出たのであった。



 ■□■



非常灯の薄い明かりを頼りに、真子は暗い廊下をいつもより速い歩調で何かに警戒しつつ歩いていた。


場所が場所だけに、お化けが出てきてもおかしくは無い雰囲気があるからだ。


世の中はコンピューター社会として完全に普及している。

今では一人一台‥パーソナルデバイスと呼ばれる電子情報端末機を所持している。最早コンピューターは生活に完全に溶け込み、切り離せないものになっていた。


高性能なテクノロジーに囲まれている社会で、ましてや中学三年生にもなって、お化けに怯えているのは流石に如何なものかと思ったが、未知なる存在に対して恐怖を抱き、恐いと思うものは普通なのである。

しかし、


「子供の時だったら、間違いなくこんな所を独りで歩いていけないけどね」


暗闇の中を歩いていく恐怖心を打ち克てている自分は、少し大人になったんだなと自画自賛していた。


「‥‥あれ?」


そんな時、廊下の奥から淡い青白い光が見え、その光がこちらに向かってくるようだった。


真子は見回りをしている看護士が持つ懐中電灯かなと思いつつ、暫し様子を伺った。やがて、その光に照らされて人影のようなものが見えた。


人影は小柄で小学生ぐらいの子供だったが、普通の小学生ではないと一目で解る特異的な部分があった。


「か、身体が、光っている?」


子供の身体から青白い光が発していたのである。その奇異な事象に、真子はある考えが頭に過った。


「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊っ!」


横峰の発言から、その存在の信ぴょう性を上塗りしているようで、目の前の人物が非実在のモノだと思ってしまう。


青白い光を放つ子供が本物の幽霊であるかどうかの真偽を確かめる為に、よくよく観察しようとしたが、子供はこちら‥‥真子の方に気付くと、笑顔を浮かべて――襲いかかってきた。


「えっ?」


凄まじい速さで接近する否や真子の首を掴み片手で持ち上げられた。

子供とは思えないほどの力だ。


「ガッ、ちょっ‥‥」


突然の行為に真子は困惑しつつ激しく抵抗したが、脱することは出来なかった。


首を締められているような状態であり、思う通りに息をすることが出来ず、徐々に苦しさが我慢の限界を超えていく。


やがて意識が遠のいていくと――




『+ecEwblQNUk0wb1NDTuN1ME9zkKMwZzBCMIow3zDrMMYwATBdMFcwZjCuMPMwZzBCMIs-』




突然頭の中に意味不明な声が響いた。


「な、なに‥‥痛っ!?」


激しい頭痛に襲われる。


痛みと苦しみで、真子の精神も身体も限界を超えて、何もかもが真っ白になっていく。


その瞬間だった。自分が自分ではなくなるような感覚が走ると、自分の意識とは関係なく身体が動き、子供の手を払いのけた。


束縛から解放されると同時に真子は身体を捻り、子供に容赦なく一蹴り食らわせた。強烈な蹴りに子供は後方へと吹っ飛んでいく。


その動作に一番驚いたのは、当の本人―真子自身―だった。


真子は自分が行った‥‥というより、その行動を傍から見ているような感じだった。


ふと廊下の窓ガラスに映り込む自分の姿を見た時、いつもは気になるボブヘアーのはねっ毛よりも自分の頭にあるモノに目がいった。


「なに、これは?」


それは、猫耳だった。


猫耳が真子の頭の上に乗っている‥‥よりは、生えているようだった。その猫耳は半透明で光が集まって形を成しているようだった。


続いて猫耳以外にも変わった箇所に気付き、「ええッ!」と驚きの声をあげた。


自分の手の平が猫のような手になっていて、肉球が付いていたのである。自分の両手が、いわゆる猫手のグローブを着けているかのようだった。


「な、な、なんなのこれ!」


よく見ると、猫手も猫耳と同じように半透明で光の集合体だった。


身体の変化はそれだけではなかった。窓ガラスに映る自分の背後に、細長い物体が揺れているのが見えた。  それは、お尻の上部‥‥いわゆる尾てい骨付近から、お猿さんの尻尾みたいに垂れ下がっていたのだ。しかも二本も。


傍から見れば、中途半端に猫のコスプレをしているようだった。


自分の奇異な姿を窓ガラスに映し、突然の身体の変化に対する驚きの感情に同調するかのように二本の尻尾がピンッと反り立った。


自分の姿に困惑していると、


『な、+MGowazCS-、そん+MGowaw-、驚+MEQwZg-、いる?』


意味不明な言葉が、真子自身の口から発せられた。


やがて、徐々に真子が聞き取れる言葉で語り始めてきたのである。


『そう驚くことは無い。お主の身体は、わしの影響で変化しただけだ』


「変化? あれ?」


真子は今頃になって、自分の声が頭の中で響くことに‥‥まるで自分の脳内で独り言を語っているかのように聞こえることに気が付いた。


『ゆっくり説明してやりたいが、ちょっと今は余裕が無いな』


視線の先に‥‥つい先ほど襲いかかってきた少年が立ち上がっていた。辺りは暗闇にも関わらず、少年の姿がハッキリと視認できていた。


少年は普通の子供ではなかった。それに気を留めることではない。少年の目つきは、まるで野生の獣のように鋭い眼光で、真子を狙い定めて睨んでいる。その威圧感に、普段の真子なら臆して及び腰になっているだろう。


だが真子は平然と立ち、負けじと少年を警戒するかのように見据える。


先に動いたのは少年だった。


「+MEYwQjD8MPww/DD8MPw-ッ!」


少年もまた意味不明な言葉を叫びつつ、先ほどと同じく素早いスピードで飛びかかってきた。


少年が振り上げた細い右腕が突如丸太のように太くなり、真子を狙って殴りかかった。



――ズッガァァッッーーン!


廊下が凹むほどの威力。


真子は軽やかに後ろへと五メートル近くも跳躍し、その一撃を避けた。

その動きは真子の意識とは全く意図していない行動だった。


ここで真子は理解した。


今、自分の身体のコントロールは真子(自分)では無く、自分とは違う意識‥‥正体不明の声に乗っ取られている事に。


乗っ取られた真子は反撃に出る。


体を低く構え、まるで猫が獣を狙うが如く飛び掛かった。ただ少年に真っ直ぐ向かって行くのでは無く、壁や天井を縦横無尽に跳躍していく。


廊下の狭い空間を上手く使っての動きに、少年は撹乱されてこちら(真子)に狙いを定められないようだ。


真子は少年の背後を取ると、猫手となった自分の手を広げて、少年の後頭部に掌底打ちならぬ猫パンチを食らわせた。


――スッパァァァーーーン!


芯のある心地良い音が響く。


少年は勢い良く数メートル先も吹っ飛んでいき、不恰好な姿で地面に倒れ込んだ。


真子は警戒を解かず伺っていると、少年はフラフラになりながら立ち上がった

そして、


「+MEYwTjCDMIMwgzBBMEEwQTBBMPww/DD8MPww/A-!」


断末魔のような奇声を上げながら悶え苦しんでいると、身体から発せられていた光が消え、少年は力無くその場に倒れ込んだ。


今しがた繰り広げられた光景や出来事に、未だ把握が出来ていない真子は、頭の中でこれでもかと大混乱しており、ついその気持ちが言葉に出る。


「な、なにをしたの?」


『とっておきの+MO8wrzDBMPMw1zDtMLAw6TDg-を+MKQw8zC5MMgw/DDrMFcwZg-あげただけだ』


「え? 今、なんて言ったの? それに、あんた‥‥一体‥‥あれ?」


話しの途中で、正体不明の声がよく聞き取れなくなっていき、真子の意識が朦朧しだした。


『おい! 突然+MG5ZCVMW-に負担が+MEswSzBjMF8wSw-? +YQ+LWDCST90wZg-‥‥』


 意識と共々に正体不明の声も遠くなり、静寂と暗闇が訪れた。


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