04 電脳化

「お化けが苦手なんて、まだまだ子供ね。真子ちゃんは‥‥」


横峰は消灯されて暗くなった廊下を非常灯の明るさを頼りに歩く中、先ほど真子との会話を振り返っていた。


“まだ私は見たことがない”と言っていたのは、先輩や後輩が霊らしき物体を見た、との目撃談があるからだった。


ただ先輩が言うには、見える人は見える。見えない人は見えない。と、それに見えたからって、どういうことでも無いらしい。


それに横峰は、お化けとかの類は信じていないタイプでもあったが、


「猫のお化けが出るんなら、それはそれで一度見てみたいな。やっぱり足は無いのかな?」


変な興味心が湧いていた。

そんなことを考えていると、突然、背後から横峰の肩に手が置かれた。


あまりにも不意の出来事に、心臓が飛び出るほど驚いて「きゃわーーー!」と悲鳴をあげ、すぐさま背後を振り返ると――


「って、木戸先生?」


そこに居たのは医者の木戸だった。


「なに驚いてるの?」


突然の悲鳴に驚いたのはコッチだよと、横峰を優しく睨んであげた。


「あ、ちょっと‥‥。さっき、真子ちゃんにお化けの話をしていたから‥‥」


「真子ちゃん? ああ、藤宮さんね。どう、あの子?」


「少し疲れている感じでしたけど、基本元気ですよ。夕飯も全部食べていました」


「それは結構。だったら明日、明後日でも退院しても良いでしょう。脳波とかの検査の方でも、やっぱり“電脳化”の異常は無かったとの事だし‥‥」


「そうなんですか、それは良かったですね。藤宮さんが、バーチャル症候群みたいなものを発症していたから、気になっていたんですよ」


「仕方ないよ。そういう症例名が付けられているんだから。まぁ、横峰くんの気持ちもわかるよ。自分が子供の時に見た攻殻機動隊というアニメで似たような言葉があったからね。ところで、攻殻機動隊って知っている?」


木戸は若かりし頃見てた名作SFアニメの作品名を口にしたが、横峰は「いいえ」と首を横に振った。ご存知無かったようだ。


「名作だよ。暇が有ったら見とくと良いよ」


勧めるものの、そういったアニメに興味が無い横峰は作り笑顔で返した。


「そうですね、気が向いたら。あ、そろそろ見回りに行きますね」


ここで長時間無駄話しをする訳にはいかず、ここらで切り上げようとする。


「ああ。それじゃ、夜勤の方よろしくね」


立ち去ろうとする木戸に、横峰はあと一つ重要事項を伝えようと呼び止めた。


「あ、先生。最近人手が足りないんですよ、なんとかしてくださいよ」


「仕方ないでしょう。婦長の合田さんとかも電脳化した人に襲われちゃって、怪我して休んでいるんだから。その分、健康で若い君達が頑張らないと」


「それは、そうですけど‥‥。それだけ危険ってことじゃないですか‥‥」


「もちろん解ってるよ。その辺りの対策も、しっかり取るようにするよ。それじゃ、夜勤よろしく。ああ、特別病棟の五〇二号室の鬼塚さんをよく見ていてね。もしかしたら何か不測の事態になるかも知れないから。それじゃ、私はちょっと仮眠をとるので」


そう言うと木戸は右腕を軽く挙げて、スタスタと立ち去っていく。


「もう! 早くその対策を取ってくださいよ!」


横峰の声は充分木戸の耳に届いていたが、気に留めずに廊下の角を曲がった。


「‥‥確かに、電脳化も元よりバーチャル症候群の患者が増えてきているな。やっぱり、またカウンセラーの中神君にでも来て貰った方が良いな‥‥」


木戸は独り言を呟きながら、医師専用のベッドが置かれている詰め所へと向かっていった。

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