番外編・シーカと男子小学生

 うそつきと言われることには慣れていた。辛いと思った時期もあったが、それもすでに遠い過去である。

 それから声をなくしてしまったが、おかげで話さなくても、目や表情で会話が通じるほどにまでなった。ある意味すごいことだ。

 小学四年生でその特技を身につけた長谷川翔大はせがわしょうたは、六年生に上がってからもその姿勢を貫いていた。

 いや。そうすることが当り前になっていた。


「ねぇ、今度修学旅行あるよね? 長谷川くんって誰の班に入ったの?」

 放課後にひそひそと聞こえる噂話。自分が話のネタになることは多々あり、それにももう慣れていた。

「さぁ? だって何にも話さないし……友達もいないんじゃないの?」

「でも、前は話してたんでしょ? 何で話さなくなったんだろう?」

「いいじゃん、もう。それよりさぁ~」

 女子の興味は、あっと言う間に他に逸れたようだ。

 否応なしに聞こえる自分の噂話を、意識的に無視するのは結構疲れる。翔大は重い溜息を吐いた後、ランドセルを背負い、教室を後にした。

「長谷川」

 昇降口で靴を履き替えていると、後ろから呼び止められた。

 のっそりと振り返ると、出席簿を手にした担任の廣瀬ひろせが立っている。

「ちょっと良い?」

「……」

 翔大はこの廣瀬が少し苦手だった。出来ればあまり一緒にいたくない。しかしあからさまに担任を無視するわけにもいかなかった。顔には出さないまでも、翔大は渋々な気分で廣瀬の後をついて行った。

「はい。座って」

 着いたのは、家庭科準備室。廣瀬の担当教科の部屋だ。

 男のくせに家庭科……。

 今さらだが、翔大は内心引きつりつつ、促された椅子に腰を下ろした。

「呼んだのは他でもない、修学旅行のことなんだ」

 またか……。

 さっきの女子のことも思い出され、少しげんなりしてしまった。

「長谷川だけ、どこの班にも入ってないんだけど決まらないの?」

 見てれば分かるはずだろ。それを直接訊いてくるなんて――。

 翔大は廣瀬を少し責めるように、上目遣いで見つめた。

「いや、決まってないならそれでも良いんだ。それなら、僕と回ろうか?」

「!」

 一瞬眉を顰めた翔大は、次の瞬間思いっ切り首を左右に振った。

 冗談じゃない。ただでさえ一緒にいたくないのに、二泊三日も一緒にいられるか!

 それだけは絶対に避けたかった。

「うん。そう言うと思った」

 何故だか廣瀬は面白そうに笑った。

「長谷川は、僕のこと苦手だろう?」

 バレてる!

 明らかに確信をもって言う廣瀬に、翔大はバツが悪そうに表情を歪めた。

「長谷川は嫌かもしれないけど、僕にも少し時間が欲しいんだ」

「?」

 廣瀬が何を言いたいのか分からず、翔大は微かに小首を傾げる。

 それも予想通りの反応だったのか、廣瀬はにっこり微笑んだ。

「仲良くなろう、僕と。修学旅行で」

 仲良く?

 翔大は怪訝そうな表情を浮かべるしかなかった。

「返事は急がないからゆっくり考えて。もしその間に長谷川が班を決めたら、その時はそれで良いから。話はそれだけ。気をつけて帰りなさい」

 廣瀬はポンポンと翔大の頭を軽く叩いた。

「…………」

 窺うように廣瀬を見つめた翔大だったが、少しの沈黙のあと腰を上げ、一礼してから家庭科準備室を後にした。


 その帰り道。

 廣瀬の言葉が気に掛り、翔大の頭の中は修学旅行のことで一杯になった。

 どうしよう。どうにかして誰かの班に入れてもらわないと、二泊三日ずっと廣瀬と一緒だ。

「!」

 俯きながらグルグルと考え込んでいると、ふと足元に時計が落ちているのが目に入った。普通の腕時計とかではなく、いわゆる懐中時計というものだ。

 翔大はその懐中時計を手に取ってみた。

 銀縁の懐中時計は、中の細工も緻密で凝った作りになっている。デザインも綺麗な懐中時計に、翔大は思わず見惚れてしまった。

【おや? 人の手に拾われてしまいましたね。珍しいこともあるものです】

 しばしボーッとその懐中時計を見つめていると、どこからか声が降ってきた。

 声が聞こえた方へ視線を投げてみるが、そこに人の姿はない。

【申し訳ありませんが、その懐中時計を返して頂けないでしょうか?】

 眉を顰めていると、今度ははっきりと頭上から声が聞こえた。驚いて視線を上に向けると、翔大の身長より高い位置で男性が空中に浮遊していた。

「!」

 信じられない状況に、翔大は瞬きするのも忘れ、口をあんぐりと開けたまま、その男性を凝視した。

【招待状に影響されることなく、わたくしに気付いて下さる方がいらっしゃるとは。これも何かのご縁でしょうか?】

 金持ちが集まるパーティーにでも出席するかのような、おかしな格好をした男性は、驚いている翔大をまじまじと見つめながら言葉を続ける。

【もしよろしければ、お名前をお聞きしてもよろしいですか?】

「…………」

 空中に浮いている時点で、完全に人ではない目の前の男性に、翔大は見つめ返すことしか出来ない。

【おっと、これは失礼。わたくしから名乗るのが礼儀でございました】

 うっかりしたと言わんばかりの表情をした後、男性は地に足を着け、丁寧に頭を下げた。

【わたくしはシーカと申します。無条件でわたくしの姿を捉えて下さる方は、あなた様が初めてでございまして、少々驚いております】

 しかし言葉とは裏腹に、さほど驚いた様子はない。

【ご覧の通り、わたくしは人ではありません。そして、幽霊でもありません】

 人でも幽霊でもないなら、一体何者なんだ……?

 翔大はシーカを不審気に見つめながら、心の中で疑問を投げつけた。

【なんと申しましょうか……。わたくしの存在名に、ぴったり当てはまる表現方法がございませんので、申し訳ありませんが、お答え致しかねます】

 翔大は訝しむように眉根を寄せ、口に手を当てた。

 声は発していないはずだ。それは長年の習慣で身についていることであり、今では驚いても声を出さないほど、上達(?)している。

 それなのに、シーカはまるで、心の中を読んだかのような言葉を翔大に返した。

『もしかして、僕の思っていることが分かるのか?』

 今度は意識して、問い掛ける。

【はい、その通りでございます。わたくしはあなた様の心を読むことが出来ます】

 翔大は疑うような視線をシーカに向けた。

『それなら、読んでもらおうじゃないか』

 そして、自分の名前を心の中でシーカに教えた。その途端、シーカの笑みが、みるみるうちに濃くなる。

【さようでございますか。お教え頂き、ありがとうございます】

『……ほ、本当に分かったのか?』

【はい。長谷川翔大様、でございますね?】

『本当に分かってる』

 口に出して教えたわけではない自分の名前を言われれば、信じるしかない。

【信じて頂けて何よりです】

 シーカは嬉しそうな微笑を浮かべた。

『……』

 声を発しなくても会話が成立していることに、翔大は不思議な心地がした。

 最近では両親とも話することがなくなったため、その手段としては奇妙なものではあるが、会話という会話は久し振りだった。

【何か悩み事がお有りのようですね? わたくしでよろしければ、お話して頂けないでしょうか?】

 男性の丁寧な言葉遣いと優しげな微笑に、翔大の心も揺らぐ。

 どうしようか少し迷ったが、シーカが纏う穏やかな雰囲気に解されるように、翔大は心の中で話し始めた。

『僕には、人に言えない秘密があるんだ……』

【それはわたくしが視えることと、関係がございますか?】

 翔大はこくりと頷く。

『正確に言えば……幽霊が視える』

 シーカの質問に答えつつ、翔大は家へとゆっくり歩き始めた。

 その隣を、浮遊しながらシーカもついていく。

『最初はそれが幽霊だなんて分からなかったから、友達やお母さんにも普通に話してた。あそこにいる人、誰? って。でも話していくうちに、みんなの表情が変わるんだ。まるで気味悪いものでも見るかのように僕を見るんだ』

【そうですね。人は、自分の物差しで測れないものを理解することが、不得手ですから】

『次第にうそつきって言われるようになって、どう説明しても信じてもらえなくて……。それからは、自分の声を封じた』

 翔大はランドセルをギュッと握り締めた。

 声を発しなくなって、すでに二年経つ。これからも無口で過ごしていかなければならないのかと思えば、小学校……ひいては中学校生活に、夢も希望も持てなかった。

【周りに、翔大様を理解して下さる方は、いらっしゃらないのですか?】

 シーカの質問に、翔大は微妙に表情を歪めた。

『どうだろう? でもお母さんたちはもう諦めたみたい。最初は僕の口を開こうといろいろされたけど、今はそんなにうるさく言わなくなったし……』

【家族でも、分かり合えないことはございます】

 翔大が軽く頷く。

『そうだね……そう思った。でも家族が嫌いなわけじゃないんだ。喋らない僕に今でも話し掛けてくれるし、気に掛けてくれてることがちゃんと分かるから。でも幽霊が視える、なんて正直に話しても……きっと困ると思う』

 シーカは顎に手を当て、う~むと唸り声を上げた。しかしそれは格好だけで、さして考え込んでいないようだ。

【確かに、自分の全てを知ってもらうことは嬉しいことでもございますが、相手にとっては重荷になることもございます。ですが、それを決めるのは翔大様ではございません】

 翔大は足を止め、シーカを上目遣いで見つめた。自分に優しげな眼差しを向けるシーカを見て、泣きそうになってくる。

 その視線を受け、シーカはモノクルの中の目を細めて微笑を浮かべた。

【翔大様とご一緒に悩みたいと思って下さる方が、いらっしゃると思いますよ?】

 不安そうにシーカを見つめる目に、涙が溢れてくる。

『そんな人……いるかな? 期待して、裏切られたりしない? また、みんなから、うそつきって呼ばれたりしない……?』

【怖いのであれば、全てを晒す必要はございません。家族であれ友人であれ、表面上の付き合いなどいくらでも出来ます。ただ翔大様が、この方にだけはご自分の全てを分かってもらいたい、と思われた方にだけ、お話すれば良いのです】

「……」

【まずは勇気を出してみませんか? 翔大様に差し伸べられている手を、見逃したりしないように。翔大様自身も一歩踏み出さなければ、その手を掴むことは出来ませんよ?】

 不思議とシーカの言葉が沁み入るように、翔大の心の中に響く。シーカを見つめたままの翔大の頬に、涙が流れた。

『出来るかな? 僕に、出来るかな?』

 二年間も口を閉ざしていたのだ。それは翔大にとって、声の出し方さえも忘れてしまいそうになるほど長い年月だった。それ故に、とても勇気のいることだった。

 不安気に見つめてくる翔大に、満足そうな微笑を浮かべたシーカは、内ポケットから取り出したハンカチでその涙を拭った。

【大丈夫です】

 そしてはっきりと断言する。

【翔大様はご自分のことよりも、打ち明けられた後の、相手のことを考えていらっしゃいました】

 幽霊が視える、なんて正直に話しても……きっと困ると思う。

 翔大はそう言った。

【そんな優しい翔大様なら、その思いに応えて下さる方が、必ずいらっしゃいます。あとは、翔大様がそれにお気付きになるかどうかです】

 翔大は目を見開いた。

 こんなにはっきりとした答えをくれる人は今までいなかった。大丈夫だと、背中を押してくれる人はいなかった。

 だからかもしれない。今まで我慢していた涙を素直に流すことが出来たのは……。

 堰を切ったように流れ出した涙は、翔大の意思では止めることが出来ず、それでもシーカは優しい微笑を浮かべたまま、黙ってその涙を拭い続けた。


 次の日――。

 翔大の心は、不思議なほど晴れ晴れとしていた。

 昨日シーカと出会ったこと……。実は夢なのではないだろうか? とも思ったが、たとえ夢だったとしても、その澄んだ心地は全く薄れることはなかった。

 大丈夫。大丈夫……。

 心の中で呪文のように唱える。

 シーカが優しい微笑と共にくれた言葉は、閉ざしていた翔大の心に一筋の光を与えてくれた。

 うん。頑張れる。

 その言葉を胸に、翔大は学校へと足を進めた。


「おっ、と。ごめん!」

 翔大が学校の正門を抜け校舎に向かっていると、後ろから誰かがぶつかってきた。どうやら友達とふざけ合っていて、翔大にぶつかったようだ。

「……っ」

 慌てて謝るその子に、翔大も言葉を返そうと口を開いたが、上手く声が出せない。

「……っ」

 何度か試みたのだが、その口から声が発せられることはなかった。

「? 行こうぜ」

 そんな翔大の様子に、謝った男の子は怪訝そうな顔をしたが、気にすることなく友達と校舎へ入って行った。

 やっぱり、難しいな。

 翔大は目を伏せ、自分の喉に手を当てた。

 声を出せば、うそつきと言われてしまう――。そんな強い先入観とトラウマが、翔大の勇気にブレーキを掛ける。それに加え、二年間というブランク付きだ。

 それを払拭するには、かなりの勇気がいることを、翔大はこの時初めて知った。


「おはよう。長谷川」

 とぼとぼと昇降口まで来た翔大に、正面から声が掛けられる。

 見なくても分かった。声の主は廣瀬だ。

「元気ないね? どうかしたの?」

 やはり無視は出来ないので、翔大はちらりと廣瀬を一瞥してから、ペコリと頭を下げ、さっさと教室に向かった。

 ここ一番で勇気を出したいのに、どうしても出来ない。

 足早に歩きながら、悔しそうに眉を顰める。自己嫌悪に陥って、朝の晴れ晴れとした気分も一気に吹き飛んでしまった。

【まずは勇気を出してみませんか? 翔大様に差し伸べられている手を、見逃したりしないように。翔大様自身も一歩踏み出さなければ、その手を掴むことは出来ませんよ?】

 教室に向かいながら、昨日のシーカの言葉を思い出す。

【あとは翔大様がそれにお気付きになるかどうかです】

 翔大はふと足を止めた。

 シーカの微笑が、頭の中に浮かぶ。

 僕が、気付くかどうか……?

「!」

 何かを思った翔大は、俯いていた顔をすくっと上げると踵を返し、そのまま教室とは逆方向へ走り出した。


「近付き過ぎるのも、良くない、か」

 職員室に向かいながら、廣瀬がぽつりと呟く。

 特別扱いされるのも、きっと嫌だろう。気に掛けていることが分かるような接し方は、しない方が良いのかもしれない。感受性は大人以上に持ち合わせているような気がするから。

 しかしそれだと、余計に距離が空いてしまい、そのうち近付くことさえ出来なくなりそうな気がする。

「何か、あった……んだろうけど」

 廣瀬は、翔大が四年生の時の担任に、話を聞いてみたことがあった。しかし、声を発しなくなった原因は分からなかったらしい。声を出さなくなったのは、四年生の一学期が始まってすぐだったという。

「声が出ないんじゃなくて、声を出さないようになった」

 それから二年間も声を出していない、翔大の固く閉ざした心を開くのは、かなり根気がいるだろう。

「難しい、な……」

 深い溜息と共に再びぽつりと呟く。

 接し方を変えるべきかどうかで悩んでいると、パタパタと背後から自分に近付いてくる足音が聞こえた。

「!」 

 視線を向けた廣瀬は、思いもよらぬ人物をその目に捉え、息を呑んだ。

 自分の目の前で足を止め、息の乱れを整える翔大を見開いた目で凝視してしまう。

 初めての反応だ……。

 しかし、すぐに気を取り戻した廣瀬は、平静を保ちつつ「どうしたの?」と訊ねた。

「……っ!」

 問い掛けられた翔大は、顔を上げて廣瀬を見つめた。だが、話すことを考えておらず、激しく混乱してしまう。

 え~っと……え~っと。

 瞬きを繰り返し視線を彷徨わせて、廣瀬に掛ける言葉を探すが、なかなか出てこない。だんだん居た堪れなくなってきた翔大は、顔を赤くして俯き、そのまま廣瀬の前から立ち去ろうとした、のだが……。

「よしっ!」

「?」

 気合の入った突然の言葉に俯いていた顔を上げると、廣瀬が嬉しそうに微笑んでいた。

 何だろう?

 翔大は小首を傾げたが、廣瀬の表情は、翔大の言わんとしていることが分かっているようだった。

「大丈夫」

 頭を撫でられながら言われた一言に、翔大が目を瞠る。

「昼休み、家庭科準備室で待ってるから、話したいことがあったら来て?」

「……」

 すごく嬉しそうに細められた目に、翔大は釘付けになった。

 翔大自身でも分からない心の奥底を、理解しているような廣瀬に、不思議な心地がする。

「走ってきてくれて、ありがとう。じゃあ、待ってるからな」

 そう言って笑みを深め、翔大に手を振った廣瀬は、職員室へと消えて行った。


「…………」

 翔大はしばらく動けなかった。

 自分の行動に驚いたこともあるが、苦手に思っていた廣瀬の言葉が、思っていた以上に心に響いてきて動揺している。

【お気付きになりましたか?】

「!」

 ふいに聞こえた声に、一際大きく鼓動が跳ねた。

 反射的に振り返ると、そこには昨日出会ったシーカが、廣瀬と同じような微笑を浮かべながら、空中に浮遊していた。

『びっくりしたぁ』

【驚かせてしまいましたね。申し訳ございません】

『いや、良いけど……。ねぇ、シーカが言ってたのって、先生のこと?』

【翔大様。一人と決めつけてしまわぬ方がよろしいです。あなた様に差し伸べられている手は、一つではございません】

『一つ、じゃない?』

 翔大は眉を顰めたが、それはすぐに思い至った。

 いつも心配気な眼差しで翔大を見つめ、それでも翔大が自分から話してくれるのを、焦らせることなく今でも待っている。家族のことを言っているのだと。

【翔大様。わたくしとお話するのは、楽ではございませんか?】

 ふいに訊ねられ、翔大は浮遊しているシーカを小首を傾げて見上げた。

 しかし、自分に目線を合わせるように腰を屈めたシーカに、見上げていた視線も徐々に落ちる。

【言葉は、自分の思いを素直に伝えられる手段の一つでございます。時に、間違った解釈をされることもございますが、その誤解を解くにも、言葉の力が必要になります。ご自分の思いが、わたくしに伝わった時、嬉しく思いませんでしたか?】

 翔大は視線を落とした。

 確かに不思議な感じがした。声を出していないのに会話が成立していることもそうだったが、それ以上に、自分でも良く分からない感情に、胸を満たされたような気がした。

 二年間というブランクはあったが、シーカとの会話が嬉しかったのは確かだった。

【言葉にしなくても伝わることはございます。ですが、言葉にしなければ分からないこともございます。ご自分の思いを伝えるということは、それだけ翔大様のことを知ってもらうことが出来るということです。素晴らしいことだと思いませんか? せっかく声を持っていらっしゃるのに……伝える手段を持っていらっしゃるのに、活用しないのは勿体ないと思いませんか?】

 シーカの言う通りだ。

 自分が逃げてばかりいたら、一生このままだ。そしてこのままではいけないことも、翔大は分かっていた。

【失礼ながら、相手に察してもらうのを待つというのは、翔大様のエゴでございます。いつまでも甘えてばかりではいられないことも、今の翔大様ならお分かりのはずですね?】

 シーカの苦言にも、目を逸らすことなく翔大は黙って頷く。

【最初の一歩は、無事踏み出されました。ちゃんとご自分に差し伸べられている手を逃すことなく、翔大様は掴まれました】

 翔大は自分の両手を見つめ、ギュッと握り締める。

【翔大様。今まで、辛いことがたくさんお有りだったと存じます。そしてこれからも、もしかしたら続くかもしれません。ですが、ご自分の能力を決して悲観しないで下さい。翔大様が特別に授かった能力を、恨まないで下さい。……その能力を生かす術を、どうか見つけて下さい】

 シーカの言葉が切々と胸に沁みる。

【それに翔大様の能力がなければ、わたくしも出会うことは出来ませんでした。それだけでわたくしは、翔大様がお持ちの能力に感謝致しております】

『うん……うん。僕もだよ』

 翔大は泣きそうに微笑みながら、シーカと出会えたことに感謝した。

 その答えに、シーカも嬉しそうに目を細める。

【それでは、わたくしはこれで失礼致します。翔大様。昼休み、勇気を出してもう一歩を踏み出して下さいませ。翔大様の心のご成長を、わたくしも心よりお祈り致しております】

 そう言うと、シーカは徐々に翔大の頭上へと浮上していった。

『ありがとう、シーカ! ほんとにありがとう』

 翔大の感謝の言葉に綺麗な微笑を残し、シーカは煙のように姿を消した。

『頑張るから。無駄にしちゃった二年間を、早く取り戻せるように』

 翔大はシーカの消えた頭上を見つめつつ、胸の中で呟いた。

 シーカがくれた大切な言葉を一生忘れないと堅く誓い、翔大は人生の新たな一歩を踏み出した――。

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