第541話 誰にも届かない声

「そうであってほしいデスネ。僕も努力はしマスが」


 月見里(やまなし)はすぐに、琴(こと)が言わんとすることを悟った。しかし、それ以上話している時間は無い。


「青天目(なばため)、すまんが……左手に回ってくれんか。門が破られそうだ」

「すぐに」


 琴は刀をつかんで立ち上がる。


「僕は右へ。……琴サン、お気をつけテ」

「大変だろうが、よろしく頼む」


 優しい笑みを崩さない月見里に向かって、琴は深々と頭を下げた。



☆☆☆



「あーあーあー」


 屋敷の右手へ回った残間(ざんま)は、思わず低いうめき声を漏らした。門からかなりの数の蜂と狐が乱入し、もはや目の前が真っ黒だ。


「片付けてこい、分身ども」


 この事態にカタをつけられるのは、自分しかいない。残間は得意になって、能力を使った。


 分身たちは寄ってくる敵を殴り、蹴り、とどめの突きを入れる。残間はそれを見て、喜びの声をあげた。


「やっほー!」


 よしよし、強いぞ俺。よくやった俺。


 自分で自分をほめてみた。しかしそれに続く声は、どこからも聞こえてこない。残間の高揚した気分は、一瞬でどこかに行ってしまった。


 自分で盛り上がっていたって、何にもならない。周りがもっと、ほめてくれないと。


(あいつら、銃を撃つしか能がねえんだからさ。もっと俺に大して気い遣えよ)


 高台に陣取っている一般兵を見て、残間は舌打ちをした。


(俺の惨めな人生は、もう終わったんだぞ)


 あの日。何もかもが嫌になって死んでしまいたくて、両親の反対を押し切って軍の入隊試験を受けた。


 そこで出た、思いもよらない好結果。


『デバイス適性、Aクラス』


 第一線で通用する能力、と試験官から言われた時、残間は飛び上がって喜んだ。


 ほらみろ。

 俺は間違ってなかった。

 間違っているのは、周りの方だ。

 もう誰の言うことも聞くもんか──。


(ああ、またあの時に戻りてえ)


 そう思いながら、残間は分身たちを動かし続けた。


(……とりあえず作戦じゃ、左右どっちかの門でボロ勝ちしてりゃいいんだったな)


 誘いの門の左右どちらかで大負けしていれば、反対の軍は助けに行かざるをえない。


 ばらけていた敵がそうやってまとまったところで、予備兵を投入し一気にたたく。そういう手はずになっていた。


(他のデバイス使いに、負けてたまるかよ)


 残間のやる気に、火がついた。


 もっと、もっと思うがままに。好きなように。俺は俺であるから。


 ──だから、誰か俺を認めてくれ。



☆☆☆



「こちら国際会館駅。今のところ、敵侵入ありません」

「そうですか。引き続き警戒を続けて下さい」

「応援は? デバイス使いの復活は、まだなんですか」


 駅をあずかる明津(あくつ)は、本部に必死に訴えてみた。が、相手は沈黙する。『まだだ』とそれが言外に告げていた。


「ただ、三千院(さんぜんいん)家がようやく陸路をこじ開けたらしい。少数だが、市内に一般兵の増員が入っている」


 少数か。愚痴りたくなったが、明津はかろうじてこらえる。


 避難指示が出ても、全ての人間がシェルターに逃げ込めたわけではない。運悪くそこから離れたところにいたものは、大きなショッピングセンターや地下鉄の駅に逃げた。


 京都の中心から離れたこの駅も例外ではなく、民間人二百名ほどが今もホームで待機している。現時点ではトラブルなく管理できているが、時間が経つほど不満がつのってくるのは間違いない。もっと人手が必要だった。


「そうですか……続報を待ちます」

「各出入り口は封鎖してありますね?」

「はい」


 この駅には、一番から五番まで出入り口がある。四番だけ枝分かれがあるので、合計六つだ。そこには全て、見張りが立ててある。


「分かりました。増援部隊が近づいたら、また連絡します」


 通信が切れた。明津が漏らした長いため息が、駅舎のコンクリートにこだまする。


「やはり、デバイス使いの復活はまだでしたか」


 仕事がない狙撃班の面子が、声をかけてきた。


「残念ながら、魔法のカードはまだ使えないようだ」

「そこはしょうがないですね。せめて増援部隊が物資を持ってきてくれると助かるんですが。このままだと、水だけ生活に突入ですよ」


 立てこもってから、すでに一日半が経過している。駅に備蓄してある食料は、確実に減り続けていた。


「体調を崩した人は?」

「まだいません。非常用電源で、空調は動いてますから」

「ならいいが……」

「明津隊長、定時報告です」


 情報収集班が戻ってきた。明津は彼らの話を聞き、要点を頭にたたきこむ。


「変わった事はないな。唯一の救いは、敵が妙に慎重ってことだ」

「地下に潜ってて、全体が見えにくいからでしょうね。俺たちが攻める側だとしても、不用意には入りたくないですよ」

「最後までそうあってほしいな。……さ、今のうちに食事をとってくれ。仮眠の交代も忘れるなよ」

「わかりました」


 情報班が下がると、明津は固まった腰を伸ばした。


(防火設備の点検でもしておくか)


 立ち上がり、消火栓と消火器に異常がないか見回る。そして、近くにある四番出口の見回りに向かった。


「変わりはないか?」

「はい。出入り口シャッター、換気口ともに異常なしです」


 内戦が始まってから、全ての駅出入り口に防弾仕様のシャッターが備え付けられている。万が一の時、避難所として使えるようにするためだ。ここのところ人間側有利で展開していたのでさび付いていたが、意外なところで役に立った。


 明津は見張りに出ていた隊員たちの顔を見る。その中に若い隊員がいたので、声をかけてみた。


「身体は大丈夫か?」

「侵攻が始まった時はどうなるかと思いましたが……意外に落ち着いていて良かったです」


 若い隊員に悪気はないことは分かっている。しかし、見張りの班長と明津は目を見合わせた。


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