第540話 それは若さか未熟さか

「人が気を遣って言わなかったことを」

「葵(あおい)兄にそんな機能ついてたっけ?」

「殴るぞ」

「冗談だよ。まあ、休めって言っても無理だろうねえ。里は今、相当危ない状態だもの」

「その状態で俺たちの護衛をしてくれたわけだからな。元は自業自得だが、借りには違いない」


 葵の頭の中に、一つ案が浮かんだ。ただし、今の時点ではあくまで仮のものである。


(いずれにしても、デバイス使いが復活しなければ全て終わりだ)


 葵は思考をやめ、各部署に詳細を説明する。全て終わった後で、河合(かわい)に歩み寄った。


「まだいけるか」

「はい。ただ、今度使ったら僕は確実に倒れます。ちゃんと、連れて帰ってくださいね?」


 最後の一言には泣きが入っていた。心配するなと言い聞かせながら、葵は間もなく始まるであろう戦いのことを思う。こればかりは、自分が介入できないものだ。


(末っ子共、頼むぞ)


 見えるはずがないと知りつつも、葵は都(みやこ)がいる方角に向かって礼をした。



☆☆☆



「それにしても、あいつの服装はえらい傾いとるなあ」

「えろうすんまへん」


 葵の報告を聞いて、京都支部には余裕が生まれた。すると士官たちから、また苦情があがってくる。残間(ざんま)の上官が、あちらこちらに向かって頭を下げた。


 大人たちが諦めの混じった笑いを浮かべた時、表の方でけたたましい音がした。さっき外へ出たはずの残間たちが、大量にこちらへ向かって吹き飛ばされてくる。


 ピンクの逆流。荒事には慣れている士官たちも、これには目を白黒させた。


 しかし、琴(こと)にははっきり見える。ピンクの中に混じった、法衣姿の不審者が。


(放っておくわけにはいかない)


 琴は空中へ身を躍らせる。地面すれすれで方向転換し、残間の分身をかき分けた。


「そこの者、止まれ!」


 琴が叫ぶと、法衣の不審者が振り返る。彼女の目は眉毛に向かってつり上がり、顔の下半分は獣の口をしていた。


(化け狐か)


 狐が琴に気付き、大きく口を開けて威嚇してきた。爪が鋭く伸び、琴めがけてやってくる。


「馬鹿者」


 それで狙っているつもりか。琴は足を動かし、左に移動する。狐の打ち下ろしは、大きく横へそれた。


 琴はすかさず反撃に出る。持っていた刀で、相手の側頭部に切りつけた。ぱっと血が飛び、相手がたたらを踏む。その隙を逃さず、琴は続けて相手の首をはね飛ばした。


「琴サン、伏せて!」


 後ろから月見里(やまなし)が叫ぶ。琴はとっさに腹を下にして這いつくばった。


「ぐえっ」


 琴の頭上からうめき声がする。見ると、もう一体似たような狐がいた。その腹に、月見里のナイフが刺さっている。


 琴は身を起こし、そいつを斜めに斬る。周りの兵も、応戦し始めた。


「……どうなってんだよ」


 残間(ざんま)がぼやく。


「もう動けないはずの蜂は出てくるし、その上化け狐まで!」


 鼻にかかった声がムカついたので、琴は思い切り残間の足を踏んだ。


「ふぎゃっ」

「痛がったということは本体だな。なら、ちょうどいい」

「暴力反対ッ」


 しゃべっている間にも、敵は来る。琴は飛んできた蜂を、一刀で切り捨てた。


「ほら! また!」

「それがどうした。通信でも、全ての個体を制圧できたとは言っていなかったぞ」

「そんな反則みたいな……じゃあ、さっきの狐はなんなんだよ?」

「相変わらず、自分で考えようとしないな」


 琴は仏頂面のまま、また敵を斬る。


「天逆毎(あまのざこ)には今までの子飼いが山といる。中には騙されていたと気付くものもいるが、盲目的な個体もまだ多かろう」


 息を整えながら、琴は周りに目をやる。それでも、口は残間のために動かし続けた。


「周りをよく見てみろ。この中で驚いているのはお前だけだ。他にみっともなく取り乱している奴がいるなら、そいつの名前を言え」


 残間からは何の声も聞こえてこなかった。琴は分身を敵に向かって放り、さらに毒づく。


「いないだろう。みんな、今までのデータを分析して当たりをつけている」


 だから少しくらいのブレでは驚かない。すぐに次の行動にうつれる。経験を積むとはそういうことだ。


「お前は今まで、そういう準備をしたか。言われたことをそのまましていれば良いと思っていたのではないか?」


 残間は使えるから周囲もあまり強くは言えず、なあなあのままズルズルきたのだろう。


「それではダメだ」

「……がっかりした」

「は?」


 本人のためを思って言っていたつもりだったのに、残間は露骨にふてくされている。琴は目の前の敵に八つ当たりをするように刀を振るった。


「どいつもこいつも、成長しろ努力しろって、馬鹿の一つ覚えでそればっか。俺は俺のままで完璧なの。いじってほしくねえの」

「さっき吹っ飛ばされてたのにか?」


 野次が飛び、残間が肩をすくめる。彼の分身たちが立ち上がり、琴に向かって突進してくる敵を防いだ。


「ちょっと驚いただけだ。ほら、できるだろ。大口たたくだけのあんたより、ずっと」


 残間は膝の埃をはらって、高笑いをする。


「今まで俺に『努力しろ』って言わなかったのは夕子(ゆうこ)様だけだからな。あの人のために自分の仕事はしてやるよ。じゃあな」


 言いたいことだけ言うと、残間は分身たちと一緒に行ってしまった。辺りには、微妙な空気が漂う。


「今時の子ってのは、ねえ」


 どこからともなく、そんなつぶやきが漏れてくる。


「あれと一緒にシナイで下さい。僕らも『今時の子』デスヨ」


 月見里が反論する。そして、琴に向き直った。


「気にしないデ。そう遠くないうちに、痛い目を見マス」

「それが『あいつ』であれば良いが」


 琴は顔を歪めて吐き捨てる。

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