第2話 奪い奪われまた奪う
「……本来ならば、我が国で軍への入隊が認められるのは、十八歳以上のものに限られています。しかし、先の内戦での苦戦をうけ、特殊な条件を満たす場合は十三歳からの入隊が許可されました」
皆が壇上に注目する。席からの熱い視線を受け、さらに言葉は続く。
「君たちは、数少ないその条件を満たす合格者です。おめでとう、シストロンデバイス適応者、かつ士官候補試験合格者の皆さん。われわれは諸君を歓迎します。ともに人類の敵、あのにっくき妖怪どもを叩き潰すべく全力を尽くしましょう」
☆☆☆
はるか昔、まだ人が自然を恐れていたころ。生活の糧を得るため、野山に踏み入ったものたちは、そこに住まう不思議な種族のことをいつしか『妖怪』と呼びはじめた。
ある時は人を助け、またある時は人を襲う。大きさも容貌もばらばらで、ふと現れたかと思うと次の瞬間にはもうそこにいない。そんな得体の知れぬ生き物たちを、人々は自然と同様怖れ敬った。絵巻物にその姿を残し、夜があけるまで不思議な体験を語り合った。
ろくろ首に烏天狗≪からすてんぐ≫、唐傘小僧≪からかさこぞう≫に化け狐。近くて遠い、愛しいものたち。
人と自然が共存した時間は、どちらの種族にとって、幸福な時であった。が、その黄金時代もついに終わりを告げる。
まず、世界を覆い尽くした戦乱の存在があった。町は壊され、山河は荒らされ、人も妖怪も棲む場所を失った。そしてその後、生きるものにとって最大の問題である、飢えが列島全体を襲った。
両種族とも一握りの米や野菜を求めてさまよい歩き、運よくそれを見つけると、自分のものとするために血みどろになって奪い合いをした。礼も節度も、役には立たぬ。今日一杯の飯が食えるのは、より力を持ったものだけだった。
種族として比べてみると、たいてい妖怪側の方が力が強く、体も頑丈である。加えて姿を消したり、空を飛べるものまでいる。自然、争うとそれは妖怪の腹に入ることが多くなった。
食い物の恨みは恐ろしい。空きっ腹を抱え、やせ細っていく家族の姿を見た人間たちは、妖怪への深い憎しみを抱いた。あいつらさえいなければ、もっと食わせてやれたのに、と。
本来ならば、戦争を長引かせ、無用に国を荒らした無能者たちに向けねばならぬ恨みだったのだろう。妖怪側にしてみれば、人間が勝手に始めた戦争で全てを失ったのだから、いい迷惑なのはこっちのほうだと言いたかったはずだ。しかし、人間たちの多くは目の前にいる『わかりやすい敵』への憎しみを抱いたまま育った。
時は過ぎ、国民の努力に諸外国からの援助が追い風となり、国は急速に復興に向かって舵を切った。人々はやっと、日に三度の食事と雨の漏ることのない住居を手に入れたのだ。それを出発点として、人の暮らしは加速度的に豊かになって行く。その速度は、諸外国から奇蹟とまで言われた。
しかし、妖怪側はこの恩恵を一切受けることはなかった。人間はむしろ妖怪たちの棲みかを奪うように、山を開き河原をコンクリートで押しつぶした。胸の中に宿った恨みの炎は、消えてなどいなかったのである。今度は、われわれが奪う側になるのだ。口にはださねど、その思いを胸に抱いたものたちは飽かず開発を進めた。
その人類の疾走は、ある日突然中断される。妖怪側が、徒党を組んで蜂起したのだ。最初は寄せ集めの素人集団にすぎなかったが、長となる老獪な妖怪を迎え入れたことで一気に勢力を拡大した。
むろん人間側も、手をこまねいて見ていたわけではない。すぐにこれを賊と認め、迅速に制圧すべく軍を動かした。しかし、戦の趨勢を決める緒戦において、人間側は敗北につぐ敗北を重ねることになる。
兵隊の初期数はほぼ同じであったが、とにかく人間側の武器がことごとく相手に通用しなかったのだ。銃弾は目など急所に上手く当たらない限り、相手の皮膚を貫くことなく跳ね返されてしまうし、爆弾も岩から生まれた妖怪たちが先陣を切って破壊していく。
戦車の主砲でも当たれば小型の妖怪は殺せたが、狙っているうちに大型の妖怪が戦車ごと人間を踏みつぶした。空から飛行機で狙おうにも、見張りの飛行妖怪がその襲来を知らせるのか、あっという間にその姿を消してしまう。彼らの本拠地は足場の悪い野山であるため、人間側もおいそれとは追撃できない。
一時は国内でありとあらゆる部隊から敗戦の報が入り、人類の運命はまさに風前のともしびとなった。その状況を覆したのが、とある兵器の登場である。
研究者が遺跡から偶然見つけた一つの腕輪。それをまとった兵士が、人間技とは思えぬ怪力を発揮したことから、軍事利用目的での研究が始まった。
腕輪の詳細な分析が行われた結果、特殊な生物が使用されていることが分かった。その生物は、普段はじっと身を固くしており石のように動かないが、ある特定の人間が触れることでさまざまに形を変え、装着主を助けるのだ。
形状は多種多様であるが軽くて持ち運びが容易であり、上手く使えば人間のみならず妖怪にも絶大なダメージを与えるほど威力が強い。しかも、発動には使用者が触れるのみで、弾薬や燃料を必要としない。まさに夢の武装であった。
人類はこれの実戦投入により、妖怪に奪われていた領地を大幅に回復。ついに相手の首領から停戦を申し出させることに成功した。
研究が進むにつれ、石状生物が反応する人間はそう多くないことが明らかになってきた。軍はこれ以降、採用試験項目に新兵器への適応値を追加する。
さらに、その生物は特定の遺伝子配列をもった人間を好むことがわかり、新兵器はシストロンデバイス(遺伝子性装置)と呼ばれることになった。
研究は進む。幼児期に触れさせ始めるほど、その後の使用可能時間が延びる傾向があることが分かったため、早期に使用者を特定し教育を開始する必要性が高まった。
この時すでに停戦条約はなり、向こうの主力がおおっぴらに人間の領地に踏み入ることはなくなったが、依然その決定に不満をもつ一部の下級妖怪は、流れとなって人間との小競り合いを終わることなく続けている。
現状を踏まえ、十年前、政府はとうとう多方面からの反対を押し切って制度の改定を決定。若年層への兵役の実行とともに、デバイス適応者には十三歳という異例の早さでの入隊許可を与えたのだ。
☆☆☆
「では、今から事前に測定した皆さんのデバイス適応値と、その他もろもろのテストの結果を返しますからね。名前を呼ばれたら速やかに取りに来ること」
おじさんは厳しい声から、普通のしゃべり方に戻った。彼の口が動き、あいうえお順に名前が読み上げられていく。早速呼ばれた生徒たちが立ち上がり、おじさんの前に列を作る。学生たちは一様に、緊張で強張った表情で結果を受け取った。
名字が「か」行の
試験結果は中身が見えないよう、厚手の白い封筒に入れられていた。すべすべした紙で作られた封筒の表面に、氏名と受験番号が小さくぽつんと書かれている。
葵はその中から、数枚の書類を取り出してじっと見つめた。数ヶ月前にさんざんやらされたテストの結果がずらずらと並んでいる。数多の結果を読み飛ばし、一番気になっていた項目を探した。
デバイス適応値、B。
その文字を確認した瞬間、思わず葵の口からため息が漏れた。
デバイス適応値をはじめ、テストの結果はS、A、B、C、Dの五段階で評価されている。このうちDは赤点に相当し、一つでもこの結果があれば士官候補生──すなわち十三歳からの早期入隊は認められない。
Bは、ちょうど中間地点に位置する。良くも悪くもない。普通と言えば聞こえはいいが、戦闘部隊で上にいこうとするなら、あまりにも頼りない数値と言えた。他の能力なら、努力や経験で向上する可能性がある。しかし、この適正値だけは遺伝子配列が関係しているため、生涯変わることがない。
シストロンデバイスの仕組みにはまだ不明な点があるが、遺伝子配列によって適正が大きく変わることはもう確実だといわれている。よって、適性のない人間が突然デバイスを使えるようにもならないし、B評価の人間がA以上になることもないのだ。
「どうだった」
隣の怜香に、自分の結果を見せながら問う。怜香も素直に自分の結果を葵に差し出してきた。
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