第4話剛力の答え
不動が公園を去った後、ハニーとアップルは剛力の目が覚めるまでの間、雑談をして互いの事をよく知り、仲良くなろうと考えた。当初は出身地や誕生日血液型、携帯の電話番号などを教えあっていたが、アップルはここにきてふたりの関係が気になり、思い切って、けれどさりげなく訊ねてみた。
「弥生と剛力ってどういう関係なの?」
「私と剛力くんはね、恋人同士だよ」
恋人同士。予想していた事とはいえ、面と向かって告げられると辛いものがあった。けれどアップルはそれを受け止め、悲しみを胸にしまって、彼女と過ごす時間を悲しいものにしたくないと考え笑顔を崩さず問いかける。
「そっか……いつから付き合っているの?」
「去年からだよ。私が剛力くんに付き合ってくださいってプロポーズしたんだよ」
「彼と付き合えてよかったね」
「うん。とっても嬉しいよ」
無邪気に微笑む彼女を前にして、アップルは泣きだしたい気持ちで一杯だった。
『剛力くんは彼女だけを見ている。彼の視界に僕はいない……けれどもそれで彼が喜んでいるなら、それでもいいかも。自分の恋愛感情を押し付けて彼を困らせたくはないもの』
心の中で告白を提案してくれたヨハネスに謝り、改めてハニーの顔を見る。
柔らかな茶色の内巻きの髪に横からでもよくわかるほどの長い睫、インドア系という事が一目でわかる色白の肌に、ぱっちりと大きな薄茶色の瞳――彼女の容姿はアップルの持ち合わせていないものばかりであった。
「弥生は綺麗だね」
「えへへ、そうかなぁ?」
「そうだよ。少なくとも、僕はそう思っている」
「そっかぁ、嬉しいなぁ」
彼女は外見を褒められ、照れながらも頭を掻いて喜ぶ。
その仕草が、彼にはとても可愛く見えた。
『剛力が彼女を好きな理由はその明るさと、どんな人にも親切に接する優しさにあるのかもしれない。彼女なら、きっと僕が愛している剛力を幸せにする事ができる……』
アップルはベンチから立ち上がると、彼女の手をまるで何かを託すかのように、優しく包み込み、学園の皆が愛してやまない美しい笑顔を彼女に向け、言った。
「弥生、きみに僕からたったひとつだけお願いがあるんだ」
「ほぇ? お願い?」
「……剛力を幸せにしてやって欲しいんだ。彼は僕の――友達だから」
「当然だよ! 私は絶対剛力くんを悲しませないもん!」
「よかった……じゃあ、僕はもうそろそろ行かないと」
「うん、バイバイ、また会おうね!」
「そうだね。きみと過ごせて楽しかったよ」
この時、ハニーは考えなかった。
彼の発した何気ない言葉が、とても深い意味を持っている事を。
アップルがいなくなって十分後、剛力は意識を取り戻しうっすらと目を開けた。
目に飛び込んできたのは、自分が逃がしたはずの恋人の姿。
彼は驚きのあまりガバッと立ち上がり、彼女の両肩を掴んで言った。
「お嬢さん、あなたは先ほど俺が逃がしたはず……どうしてここにいるのですか!?」
「それはね、剛力くん――」
彼女は事の一部始終を彼に話した。
逃げていたら偶然、喫茶店にいるアップルとヨハネスを発見した事。
公園に戻り、アップルと協力して剛力をベンチに運んだ事。
ヨハネスが不動に挑むも破れ、自分も襲われそうになったが、アップルの身を挺しての説得で不動を改心させられた事。
それらを聞いた彼は、ひとつの疑問を彼女に投げかけた。
「それで、アップルはどこですか?」
「アップルくんは『剛力くんを幸せにして』って帰っちゃったの」
その言葉を聞いた剛力の全身に激しい悪寒が走る。
「……お嬢さん、アップルは本当にそう言ったんですか」
真剣そのものの瞳で彼女の顔を覗きこむ。
ハニーは少し驚いたような顔をしていたが、コクリと頷く。
彼女は嘘をつくような人間ではない事は彼は知っていた。
けれどもアップルの言ったその言葉が嘘であって欲しいという思いがあったのだ。
「ハニーお嬢さん、残念ですがデートの続きはまた今度にしましょう」
「どうしたの? トイレにでも行きたくなったの?」
「そんなんじゃありません。ただ、急用ができただけです」
愛人に少しぶっきらぼうに返し、彼は走り出した。
アップルの自己犠牲を止めるために。
アップルは陸橋の上にした。
手すりを掴まえ、下を覗いてみる。
眼下は高速道路になっており、転落してしまえば死は免れない。
彼はふっと視線を空へ向ける。
日が傾き、空はオレンジ色になっていた。
「剛力、きみは弥生を愛している。もし僕がいることで板挟みになり、悲しんでしまったら、僕は耐えられない」
人通りが全くないため、彼の独白に気づくものは誰もいなかった。
「弥生と幸せになってね……僕はずっと、天国で君を見守っているから」
青い瞳から涙を流し、手すりによじ登る。
そして祈るように手を組み、そこから飛び降りようとした。
そのとき。
背後から何者かが着ているコートの引っ張り、彼の自己犠牲を防いだ。
誰だろうと思った彼が振り返ってみると、そこには剛力の姿があった。
走ってきたからか、息を切らし、額には汗を浮かべている。
「間一髪だったようだな」
「剛力……」
名前を呼ぶと彼は優しくアップルの両肩に手を置いた。
狼の如き黒い瞳が、金髪の少年を捉えて離さない。
「俺のために死のうなんて、バカなことを考えたもんだな。そんなことをしても、俺は喜ぶことはねぇ」
「剛力は弥生のことが好きなんだよね。僕はただ、君達の仲を裂きたくなかっただけだよ」
「かもしれねぇな……でも、俺はお前に生きていて欲しいと思っている。それに――俺にとってはお前もハニーお嬢さんも、どっちも負けねぇぐらい大切な存在なんだ」
脆いアップルの体を愛おしく抱きしめる剛力。
その抱擁が、彼にとってどれほど嬉しかったかは想像に難くない。
通常、二股をかけるのは女子からはいい印象を抱かれない。
しかしながら、弥生は心の底から剛力を信頼し愛していたため、アップルと付き合うことも承諾した。
こうしてアップルは、ずっと思いを秘めていた男の愛を手に入れることができたのだ。
終わり。
君にあげる モンブラン博士 @maronn777
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