東欧から来た天使

「そろそろ時間だな…」


 荷物の受け渡し時間が迫っている。


 約束の午前2時までもうあと少し。


 その時、暗がりから少女を連れた男が現れた。


 レドリックはその少女に、見惚れてしまっていた。


 亜麻色の神に透けるような真っ白な肌の色。


 スラブ系の顔立ちに薄いグリーンの瞳がよく似合っている。


 15歳位のその少女は、ベタな言い方だがまるで天使の様だった。


「その娘が商品か?」


 こんな娘が売られていくのか、少し違うところに産まれたら幸せな一生を送れただろうに…


「ああそうだ、確かに引き渡したぞレドリック商店さん」


 売人が書類を差出し俺はそれにサインした。


「受け取った、またレドリック商店をご贔屓に」


「あんたんとこの仕事は信頼してるよ」


 男は来た時のように暗闇に溶けていった。


「さ、お嬢さんここから暫し旅のお時間ですよ」


 ロシアの東側国境からヨーロッパを抜け目的地のアフリカまでの輸送。


 少女の表情は固いがさもありなん、これから売られていくのだ。


 東欧は人身売買のメッカだ。


 アメリカ国務省は毎年人身売買の年次報告を発表しており、Tier3に分類される監視対象国は通商協定を結べない。


 東欧とロシアは準監視対象、監視対象国になっており人身売買が盛んに行われているのが現状だ。


 売春、性奴隷、臓器売買や強制労働など売られた人間の用途は多岐に渡り、手配人や運び屋等の関係者もかなりの数が居ると思われる。


 貧困故の身売りや誘拐が主な出処だが、世の中には買ってきた女に子供を産ませ続ける赤ちゃん工場なるものが存在する。


 彼女はそこへ売られるのだ。


 家畜の様にいや、家畜以下かもしれない産むだけの機械。


 そういう一生が彼女には待ち受けている。


 ベラルーシを通りポーランド、チェコ、ドイツ、フランス、スペインのジブラルタル海峡を通りアフリカへ、そこで次の運び屋に受け渡すそういう算段になっている。


 ポーランドを抜けチェコに入った時だった。


 俺とアーサーの隙を突いて少女が逃げ出した。


「居たかアーサー?」


 アーサーは頭を振る。


「よし、また1時間後ここに」


 プラハの街を当てもなく探し回る。


 くそ、どこ行っちまったんだよ。


 こんな事ならGPSでも付けとくんだったな。


 彼女を見つけたのは聖ヴィート大聖堂だった。


 膝を着き、祭壇に祈りを捧げる少女はとても絵になっていた。


「どうして逃げたりしたんだ?」


 少女が身じろぎせず祈りの姿勢のまま答える。


「プラハは私の故郷なの、だから最後にこの聖堂で祈っておきたかったの」


 落ち着いてるな…


「なんて祈ったんだ?」


 少女がこちらに顔を向ける。


「早く死ねるようにってよ」


 胸が苦しくなった、こんな少女を売り渡す手伝いをしている自分をぶん殴ってやりたくなる。


「もういいわ、行きましょ」


 立ち上がりスタスタと歩き出す少女。


「このまま逃げようとは思わないのか…?」


 半分だけ振り向いた彼女は


「覚悟は決まったわ、もう逃げない」


 全く、これだから女ってのは強えんだ。


「まあ、なんだ、行きたいとこが有るなら早く言ってくれると助かる」


 ちょこちょこと彼女が近寄ってくる。


「おじさん、優しいね…でももう大丈夫だよ。さっきも言ったけど覚悟は決まってる」


 くるっと出口の方へ向う少女の後を追い俺も大聖堂を後にした。


 それから俺達は楽しく旅をした。


 ドイツでは


「アーサーもうやめろって飲み過ぎだぞ」


 しかし、スイッチの入ったアーサーは止まらなかった。 


「チョリソーとビールお代わり!ドイツのビールはやっぱり旨い!」


 人殺してる時くらいハイテンションだな。


「アハハハ……ハッ」


 ガランとジョッキを持ったまま後ろにひっくり返ってそのまま力尽きた。


 パリでは


「思いの外醜いだろう 地獄の業火に焼かれながら それでも天国に憧れる」


 ガルニエ宮で、オペラ座の怪人を鑑賞したり。


「これが凱旋門だ!」


 アーサーと少女が目をキラキラさせている。


「「おおーでっかいなー」」


 続きまして


「これがエッフェル塔だ!」


「「おおーまたまたでっかいなー」」


 スペインでは


「牛さんだ!」


 闘牛場にやってきた。


「アーサーお前の髪なら闘牛寄って来るんじゃねぇか?」


 スッと席から立ち上がり、場内に向かって走り出すアーサー。


「おい、待てってまじで行くんじゃねぇ!」


 ひらりと壁を飛び越え闘牛場に舞い降りる。


 案の定アーサーの真っ赤な髪を見た闘牛は、アーサーに狙いを定め突進する。


「いやぁー」


 と少女は目を覆ってしまう。


「大丈夫だ、アーサーおじさんは強いんだぞ」


 そして、アーサーは突進してくる牛の両角を掴んで止めた。


 そのまま角を捻り牛を転がしてしまった。


「ほーら勝ったぞ」


「うわーホントだすっごいすっごい」


 キャッキャと喜ぶ少女とレドリック。


 このままスペインに一泊してついに明日アフリカ到着となる。


「あー明日で終わりかー楽しかったなーおじさん達私をお家まで連れて帰ってくれればいいのに」


 ズキリと心が痛んだ。


「なーんてね楽しかったからついついね、それじゃあおやすみ」


 少女はホテルの自室に帰って行った。


 毎晩毎晩泣いている事にはとっくに気づいていた。


 なんとか…してやりてぇなぁ。



「なあアーサー?」


 夜は更けていく、そしてまた新しい朝が来る。


「うわー海だ!海だ!青くてキレー」


 ジブラルタル海峡に到着した。


 ここからは船でモロッコに渡りそこで受け渡しになる。


 港町でたらふく魚を食べモロッコに渡る。


 大海原を軽快に駆ける船が波を切り裂く。


 そして俺はバケツを抱ええづく。


「ちょっとレドリック大丈夫?」


「大丈うえっぷ」


 アーサーと少女は顔を見合わせて。


「「うわダメそー」」


 船上に笑いが広がる。


 そして、モロッコに到着。


 受渡しの予定時刻はもうすぐそこに迫っている。





 ついに来てしまった。


 受渡しの時刻、待ち合わせ場所に現れる黒のワンボックス。


「時間通り、流石レドリック商店さんですな」


「この商売信用第一ですからねぇ」


 別れの時だ。


「商品をこちらへ」


 少女が歩み出る。


「楽しかったぜ」


 肩越しに少女が、答える。


「私も楽しかったありがとうジョン、アーサー」


 くそ、年取ると涙腺が緩くていけねぇ、泣きそうだ。


「アーサーもなんか言ってやれよ」


 アーサーも少し涙ぐんでいる。


「俺も楽しかったよ」


 そのままアーサーは顔を伏せてしまった。


「じゃあね二人共バイバイ」


 彼女は車に乗せられ行ってしまった。


「さアーサー、クリミナルヘブンに帰るか」


「そうだな。でも」


 俺もアーサーも考えてることは同じらしい。


『2人で帰るにゃ道中暇すぎるだろ』


 俺とアーサーは顔を見合わせ悪い笑みを浮かべる。


「そうと決まればアーサー車買って来い黒塗りでスモーク貼ってあって足がつかない奴」


「了解!」


 アーサーは怪しげな車屋に駆け込んでいった。


「さてさてGPSちゃんは?お、動いてます動いてます」


「買ってきた、ついでに銃も」


 お、上出来だアーサー。


「よっしゃいっちょ強盗やったりますか!」




 砂漠の道なき道を走る黒のワンボックスを追跡する。


「さあさあ盛り上がって参りましたねアーサーさん」


「はい、盛り上がってます」


「作戦は?」


「どーんといってばーんと奪ってぴゅーっと逃げる」


「賛成」


 という訳で先制攻撃いったりますか!


「左後輪を撃ち抜いてあの砂山に突っ込ませる」


 狙いすました銃弾は宣言通りに左後輪に吸い込まれた。


「初弾目標に命中!車両停止します!」


 こちらも車を止め降りてきた運転手を射殺。


「お前達動くな!この娘がどうなってもいいのか!ってレドリック商店じゃねぇかてめぇらこんな事して今後商売が出来ると思うなよ」


 さっきの売人が少女を盾に降りてきた。


 ナイフを突きつけられた少女は怯えている。


「おーおーおじさん僕達の心配なんて余裕あるねぇ今から死ぬとこなのに」


 拳銃を売人に向けた俺は男を煽る。


「黙れこのメスガキを殺してやるからな」


「ほーそんな事しちゃって良いのかなお宅の大事な商品でしょうが、大切に持って帰らない怒られちゃうよ」


 その時少女が売人の腕に噛み付いた。


 少女の頭が下がった瞬間を俺は見逃さなかった。


 古いガバメント1911の銃口から吐き出された.45ACPが男の口から飛び込み延髄を破壊した。


「はっ!お前が死ねば目撃者は居ねぇんだそんな脅しがこのレドリック様に通じるかよバーカ死ね。ってもう死んでるか」 



 売人の血でドロドロの少女を抱え車に乗せる。


「二人共なんで……」


 流石に少女は呆気にとられていた。


「いやー3人で旅してたらどうにも帰り道野郎2人じゃ寂しくてな、知り合いの女の子は君くらいしか居なかったわけよ」


 助手席でアーサーが、頷いている。


「そうそうむさ苦しくってしょうがない」


 車内が笑い声で溢れる。


「んでお嬢さんお帰りはどちらまで?」


 少女は泣きながら笑顔で答えた。


「2人と同じお家に帰る!!」


「だってよ」


「うん、じゃあ帰るかクリミナルヘブンへ!」







 それからのお話。


「そういえば、お嬢さんにお名前聞かなきゃな」


 少女は少し困ったような笑みを浮かべる。


「うーん、私は今日生まれ変わったのです。奴隷になる前の人生を捨てて新しい私に!だからジョンお願い私に新しい名前をちょうだい!」


 名前…ねぇ……


 その時俺の脳裏にはあの少女が浮かんでいた。


「そうだな、シャーロット。シャーロットでどうだ?」


 アーサーがこちらを見る。


「ジョン、それって」


 少女が後ろの座席から前に乗りだす。


「シャーロット!可愛い名前ね、気に入ったわ!私の新しい名前シャーロット!で、昔の女の名前なの?」


 気に入ってくれたようで何よりだ。


「その名前はな、高潔な正義の名前だ」


「なにそれよくわかんない、でも可愛いからいい。シャーロットよろしくね新しい私」



 自由を得た少女シャーロットは宣言通り我がレドリック商店に住み着いた。


「いらっしゃいませレドリック商店へ」


 壊れてしまったお気に入りのドアベルの代わりに今はシャーロットの声がお客様を出迎える。

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