リンドウの花

外からは無数の鉛玉が飛び込んでくる。


「おいおい、なんでこんな事になっちゃったわけ?アーサーなんとかして来いよ!」


 防弾仕様のカウンターを盾代わりにしたレドリックがアーサーに叫ぶ。


「無茶言うな。こんなん俺だって出たら蜂の巣だっての」


 その割には目キラキラしてるけどな!


 その時、キーンとドアベルが吹っ飛んだ。


「ああああ、お気に入りのドアベルが!!」


 クソクソクソ、あの粘着野郎め新商品の釘打機のテストにパチンコ台みてえになるまで釘ぶち込んでやるからな。


 外から鉛玉と一緒に拡声器を通したと思われる声がする。


「えー、レドリック商店店主ジョン・レドリックさん並びにお供の赤毛野郎。至極私的なお願いで大変恐縮なのでございますが、死んで下さい」


 待てよ、悪いの俺達か?いや違うはずだ。


 少なくともあいつが更迭されたのは自爆も良いとこ。


 ワタシタチワルクナイ。


「アーサーRPG持ってこい。ぶち殺す」


 無言で敬礼をしたアーサーが地下の倉庫に向かう。


 何故こんな事になった、それは言わずもがな劉浩然あの粘着野郎のせいだ。


「喧しぞ!クソ粘着野郎!てめぇの方こそぶち転がしてやるからけつの穴洗って待ってろよ!」


 その辺の雑誌をメガホン代わりに外に向かって叫ぶ。


「やれるもんならやってみろよ!この状態で一般人のお前に何か出来るとは思えねぇけどな!」


 あはははという笑い声が聞こえる。


 もうダメだろこれ、ドアベルの恨み晴らさでおくべきか。


 アーサーがRPGを持って戻ってきた。


「アーサー、何秒でいける?」


 何秒で外の敵さんを殲滅出来るかという意味だ。


「3秒」


 おいおい、10人は居るぞ…


「じゃあ3カウント合わせろよ劉は生かしとけ」


『3』


 光学照準器に敵さんの黒塗りの高そうなお車を収める。


『2』


 アーサーが愛剣を鞘から抜き構える。


『1』

 それまでの二人の空気が一変する。


「咎人よ、その首を罪を贖う贄とせよ。ここは断頭台だ、祈る神はいるか?居ないなら俺がお前の死神だ。さあ祈れよ、せめて苦無く逝けるように」


 RPGから発射された弾頭は黒塗りに当たり周りを巻き込みながら炸裂する。


 爆煙が、晴れる頃には既に全てが終わっていた。


 アーサーが斬り捨てたのは爆発に巻き込まれなかった6人。


 その全員が滑らかな切り口で首を落とされていた。


 エクスキューショナーズソード


 中世ヨーロッパでは斬首刑が一般的であり、その際鋒の丸い両刃剣が使用されていた。


 アーサーの剣もそれである。


 ただ敵の首を切り落とす、その1点のみを目的に洗練された造形。


 それを振るうアーサーは悪を断罪する死神だ。


 今は気持ちよく人が斬れて恍惚としてるけどな。


 お、ちゃんと劉だけは生かしてあるな。


「はい劉さんこんにちわーご機嫌いかが?あー心中察するよ、追い詰めたと思って余裕かまして煽ってたのに気づいたら自分1人しか残って無いんだもんね、安心しろよ後でお前も送ってやるから」


 劉はガタガタ震える手を抑えながら懐のM ㊲を取り出す。


「へっ、見覚えあんだろ?お前が売ったんだもんな」


 あーここでそれ出しちゃうの。


「そりゃあの子は印象的だったからな」


 劉はニヤニヤと嫌らしい笑顔を浮かべる。


「貧乏なガキにしては発育も良くてな…楽しめたぜ、嫌だやめてーって泣き叫んでな。大人しくさせようと殴ったら動かなくなっちまったから家の前に捨ててやったよ」


 それを聞いて頭の芯が燃え上がった。


 気づいた時には劉を殴り倒していた。


「あの子とは確かに銃を売っただけの関係だ!だがな、あの子の家族を守るって決意は本物だったよ!気高い正義の心を持った女性だった」


 胸ぐらを掴みもう一度殴る。


「それをお前は踏み躙った。お前みたいなクズにはわからんだろうなあの輝きは!」


「だが、この街ではそうなる事はわかりきっていただろうが!それでも銃を売ったお前はどうなんだ同罪だろ!」


 その通りだ。全く持って劉の言うとおり。


 俺はわかっていた。彼女の死も、事の顛末も。


 わかっていたからこそ、こうして落とし前を付けようとしたんだ。


 あの目を見たら、あの気高さに触れたら止める事なんて出来ない。


 これは敬意だ、このクソッタレな街で出会えた正義の志への。


「わかってるよ、だが俺は商人だ、商売に私情は挟まない。だから、こうやって仕事外で金にならないマフィア殺しをしてる訳だ、ただじゃ殺さねぇけどな」


 その時突如アーサーが戦闘態勢に入った。


 歩いてくる人影が見える…


 白と黒の修道服を身にまとったシスターだ。


「アーサーどうした!」


 あのアーサーが警戒している。


 幾多の修羅場を潜ってきたアーサーが本気で警戒している。


 近づいてくるに連れその姿がはっきりとし始めた。


 身なりは質素なシスターそのもの、流れる様な金髪に碧眼の若いシスターだ。


 すぐ近くに来れば嫌でもわかるこの臭気。


 濃厚な死の匂いがする。


 血臭と言い換えてもいい。


 そのシスターが胸ぐらを掴まれている劉の横に立つ。


「あらあら、揉め事はよろしくありませんのよ。汝隣人を愛せよと主も申しております。同じ街に住む者同士仲良くせねばいけませんよ」


 おいおい、ネーチャン笑顔から冷気出てんぞ。


「レドリック、この乳のでけぇ姉ちゃんは知り合いか?」


 全くけしからん乳だ、ゆったりした修道服のはずが胸元がぱつんぱつんじゃねぇか。


「いや知らんな。アーサー知り合い……アーサー?」


 凄まじい剣幕でアーサーが叫ぶ。


「ジョン!下がれ!」


 え?と突然の事に困惑しているとシスターが動いた。


 袖口から取り出したのはイサカM37ソードオフ。


 次の瞬間劉の頭部が粉々に弾け飛んだ。


「我等が聖教会は悪を赦しません、罪には罰を。これは断罪であり主のもとに導くべき魂の浄化なのです」


 アーサーがこちらに走り出そうとするが、それより先にイサカがこちらに向く。


「動かないでください。貴方は悪ですか?」


 この女目がマジだ、悪だと断定されたら救済されちまう…


「私は善良な商人です、あー神よこの世はどうしてこんなにも残酷なのでしょう」


 銃をおろしてシスターがにっこり微笑む。


「素晴らしい、貴方は敬虔な信者のようですね。宜しければ我が聖教会に寄付を頂けませんか」


 これってカツアゲなんじゃ……?


「あ、はい!是非させて頂きます!暫しお待ちを!アーサーテメェも来い!」


 ボロボロの店の中に逃げ込みアーサーと作戦会議をする。


「アーサーお前は引っ込んでろ穏便に帰すぞ、あいつはヤバい、マジでガチでヤバイ奴だ」


 アーサーは何も言わず自室に引っ込んだ。


 俺は適当に食料品と日用品を紙袋に詰め込んで外にいるシスターに渡す。


「こんなに頂けるのですか?まあまあ、ありがとうございます、貴方に神のご加護が有りますように」



 十字を切ったシスターは元来た道を帰っていった。


 危機は去った。店も店の前も凄惨な状況だが。


 そうだな、墓参りでも行くか。


 アーサーと二人連れ立ってシャーロットちゃんの墓参りに行く。


 墓と言っても丘の上に建てられた質素な共同墓地だ。


「君の気高い正義を僕は一生忘れないよ、安らかに眠ってくれ」


 二人が立ち去った後の墓地には、凛と気高くリンドウの花が咲いていた。

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