大義と正義

あたしの名前はシャーロット、クリミナルヘブンで生まれ育った12歳。


 今わたしのお家は怖いおじさんたちに追い詰められています。


 1ヶ月くらい前から近所の人達が何人か引っ越していきました、でもわたし達家族は追い出されても行く宛なんてありません。


 お父さんは何年も前に事故で死んでいますし、お母さんも昼夜働き詰めで体調を崩してしまいました。


 わたしも近くの露店で売り子をやって家計の足しにしていましたが弟と妹を食べさせるには家賃を払う生活になるわけにはいきませんでした。


 わたしはお父さんの建てたこの家と家族をなんとしてでも守らなければならない、そう思うようになりました。


 そんな時店に来ていた身なりの良いおじさんが

 こう教えてくれました『大義の下の暴力は正義』だと。


 わたしには大義がある、家族を守るという大義が。





 今日も店の鐘が鳴る。


「いらっしゃいませー」


 姿を見せたのは長身痩駆赤髪の暗い目をした男だった。


「なんだアーサーか、おかえり」


 こいつがアーサー・スペンサー、レドリック商店の用心棒。


 普段は暗い冴えない男だが、用心棒としての腕は一流だ。


 アーサーは帰ってくるなりリビングでタバコを吸い始めた。


「おいおい自分の部屋で吸えよ!商品に臭いが移るだろうが!」


 アーサーはじっとこちらを見た後タバコを消し部屋に帰っていった。


 追いかけて文句を言ってやろうかと思ったが店の鐘が鳴るのを聞いて店に出る。


「いらっしゃいませー」


 今度は客だ、しかも歓迎したくないタイプの。


「レドリック商店ってのはここか?」


 クリミナルヘブンにはマフィア組織が3つあり、それぞれが鎬を削っている。


 一つはサルヴァトーレファミリーというアメリカ系の組織。


 二つ目は皇龍会、香港三合会のグループである。


 そして最後がヴァリャーグ、ロシアンマフィアでKGBやスペツナズ出身者の多い武闘派である。



 本日のお客は皇龍会の一員らしくアジア系の男だ。


「はい、レドリック商店はここですよ?本日は何をお買い求めで?」


 ドカドカとマフィアは俺に詰め寄ってくる。


「買い物じゃねぇ!てめぇ最近ガキに銃を売ったな?」


 そんな物言いのやつに物を教える道理は無い。


 内心ニヤリと笑いふっかけてやることにした。


「はは、お客さんここは商店ですよ。情報だって商品だ、買ってもらわなきゃ」


 マフィアの頭に血が昇るのがわかる、ほらもう顔真っ赤だぜ。


「クソが!なめやがって店ごとぶち殺すぞ!」


 マフィアがカウンターの前のジュースの瓶を叩き落とす。


「ちょっと商品に何するんですか!困りますよ」


「じゃあ情報を吐けよ!」


 マフィアはレドリックの胸ぐらをつかんでカウンターの上に引き寄せる。


 あーあやっちまったよこいつ、手を出しちゃいけなかったな。


 おら来るぞ、海で血の匂いを嗅ぎつけたサメが集まって来るみたいに、争いの匂いを嗅ぎつけた戦闘狂がよ。


 いつの間にか、ずっとそこに居たかの様にアーサーが立っていた。


「なんだ手前は!どこから……」


 そうがなるマフィアの右手が斬り落とされる。


「アーサーストップだ、それ以上やるな」


 あーダメだこいつ、普段死んだみたいな目がキラキラしてやがる。


「こいつ、ジョンに手を出したんだ、ジョン・レドリックに、手を出した奴は殺していいんだよな、いや殺さなきゃな。そういう約束だもんな、殺すぞ殺すからな!」


 戦闘狂野郎め、戦いになると途端に饒舌になりやがって、普段は一言も喋らねえくせに。


「やめろよアーサー、俺は事を荒げたくない。わかるな?」


 マフィアと争いなんて真っ平ゴメンだ、何一つ得にならねえ。


「でもこいつをここで帰したら、誰が腕を切ったのかとか諸々上にバレるんじゃ?そしたら荒事一直線でしょ」


 そうだ、そうなんだよこのバカめ。


 さては、ここまで計算して腕を切り落としたな。


「あーもうわかったよ、マフィアさん俺とこいつを事務所まで連れてってくれ。腕は悪いけど止血してやるから、あと義手もサービスさせてもらうからよ」


 腕は綺麗に切断されていたので、今すぐ病院に担ぎ込めば繋がる筈だがここは金儲け優先、優しくしてやる義理も無いしな。


 しかし、後で病院に連れて行かれて腕を繋げられたらいけないので焼いて止血しておこう、そうしよう。


「はい、マフィアさんタオル噛んでー、おいアーサー暴れないように抑えとけ」


 キッチンのコンロで空焚きしたフライパンをマフィアの傷口に押し当てる。


 ふむ、流石マフィアだ、叫び声一つ上げなかった。


 白目剥いて気絶したけど。


「さて、アーサーこいつを車に押し込んどけ、目指すは皇龍会の事務所だ」


 皇龍会はこの街では新興勢力だ、まだこの街に事務所を建てて日が浅い。


 それだけに稼ぎを増やす努力を惜しまない、まあ悪い意味で。


 薬、売春、地上げに賭場と阿漕な商売のオンパレード、だが皇龍会のバック香港三合会のお陰で他のマフィアも手が出し辛い。


 さて、どうやって金をふんだくろうか……


 幸い先に手を出したのは向こうだしなんとでもしてやろう。


 入り口でマフィアを他の奴に放り投げ、レドリック商店の名を告げると事務所に通された。


「我が社へようこそレドリック商店さん、私は劉浩然、皇龍会の若頭をしております。先程は負傷した部下に手当をありがとうございます、あれは誰が?」


 ニコニコと笑顔で尋ねる劉にこちらも笑顔で応える。


「はい、私が手当致しました。つきましては搬送料とタオル代をご請求に参りました」


 劉がさらさらと小切手にサインをする。


「部下の命を救って頂いたのです、それくらいお安い御用ですよ、ところで腕を切り落とした方はご存知ですか?」


 事務所内の空気がビシッと固まった。


「おや?答えられないのですか?あーそうそう後先日地上げに行った家でうちの部下が撃ち殺されましてね、その小娘は家族諸共ぶち殺したのですが銃の出処がわからずにいたんです、そちらもご存知ない?」


 シャーロットちゃんの事か…


「いやあ、困ったものですよ。いつものように新しい工場を建てる為の土地を手に入れる交渉に出向いたわけです。いえいえそんな手荒な事をするつもりはありませんでしたよ?もちろん交渉で解決するつもりでした。ただちょっと手荒な部下が居りましてね、まあ扉を叩いたり大声を出したりしていたわけですよ。でもそらだけです。部下を殺されるような事をした覚えはないんですけどねぇ」


 クツクツと笑う劉に少しだけ嫌悪感を抱いてしまった、それを見抜かれた。


「おや、眉間にシワが寄りましたね。心当たりがお有りのようだ」


 チッ、俺もまだまだ甘えな。感情が顔に出ちまった。


「レドリックさん、腹を割ってお話しましょうよ。タオル代も情報料もお支払いしますよ?」


 その金貰ってもここから出らんねえんだろうがどうせ。


「香港トライアドは結束の固い組織でしてねぇ、血には血の贖いをというのが掟なのですよ」


 本題に入りやがったな、いよいよ荒事か。


 嫌だなあ、気が滅入るよ。


「さあ、存じ上げませんね」


 ついに劉がキレた。


「いい加減にしろよてめぇ!ネタは上がってんだ、てめぇの口から謝罪が出ればちったあ考えてやろうかとも思ったがもう我慢の限界だやっちまえ!」


 沸点低いなあもう、これだからマフィアは嫌なんだよ交渉する気あるのかよ。


 その時ドアを開けて入ってきた人物がいた。


 皇龍会会長 王天字その人である。


「会長!お疲れ様です!」


 その場にいたマフィア達が全員拱手で会長を迎える。


「劉よ、お客人に何をしている」


 頭を下げたまま劉が答える。


「はっ、先日の地上げの件を調査させていたらこの者達に辿り着きまして事情を聞いていた次第でございます」


 会長はレドリックとアーサーを見るとスッと頭を下げた。


「お客人、さぞ腕のある武人とお見受け致しました。ここは私の頭に免じでご容赦を」


 劉がバッと頭を上げ会長に突っかかる。


「会長!こんな奴らに頭下げるなんて!」


 ギロリと劉を睨む王会長。


「劉よ、相手の実力も見抜けないお前に若頭を任せたのは間違いだったな」


「そんな!?会長お考え直しを!」


 王に縋り付く劉を彼は蹴り飛ばした。


「貴様に上に立つ資格は無い、一から出直せ」


 無様に転がっている劉を鋭い眼光で見下ろす王は続けてこう言った。


「お前の辣腕は認めている。だがな、力は意味のあるタイミングで振るわなければ意味が無い。暴力では人は納得させられん、小娘を謀って私の部下を犬死させた事を私が知らないとでも?」


 そうか、あれは劉のマッチポンプだった訳だ。


 シャーロットちゃんを部下を撃ち殺すよう仕向けて、それを利用して地上げを行ったと。


 溜息の出るようなクズさだな。


「それは、迅速に土地を確保という御命令でしたので」


 ガタガタと震えながら劉はなんとか言葉を紡いだ。


「呆れて物も言えんわ、私達はこの街に来たばかりの新参者なのだ。ならば民と和を持たずしてどうする。目先の欲に目が眩むと大成はせぬぞ。漢になれ、全てを包む器の大きな漢に」


 王天字、香港三合会の大幹部であり皇龍会会長。


 なるほど大人物であるのが今のやり取りでわかるな、圧倒されて金儲けすら忘れてた。


「レドリック商店さんでしたかな、くだらん内輪揉めをお見せして恥ずかしい限りです。お前ら!お客さんのお帰りだ、お送りしろ!」


 事務所のマフィアが一斉に返事をする。


『はっ!!』


 しかし俺はこの時殺意の篭った視線が向けられていることに気づいていなかった。







その日も怖いおじさんは、家の外でドアを叩きながら怒鳴り散らしていた。


弟達は怯え、わたしも恐怖感でいっぱいでした。


守るんだ、家族を。


そのための力が今私の手の中には、有る。


その正義を握り締めわたしは、家のドアを開けた。

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