第323話 賭け

「がぁっ……はぁっ!」

斬り落とされた腕には、剣が握られていた。俺はそれを必死に拾おうとするが、

腕ごと蹴り飛ばされた。

出血と今までのダメージで、立ち上がる事すら困難になってきた。

そんな俺に近付き、何度目だろうか?見下ろしながら語りかけられる。



「わかったろ?お前じゃには勝てない。」

……この方?

良く回らない頭で、そのセリフを聞く。


「この方は、世界で最も素晴らしいお方だから、お前なんかが俺の前に立つこと

自体、間違っているに決まってる。邪魔さえしなければ、ゴミなぞ無視してやっても

良かったのに、はず、だぞ?」

狂っているのか、口調が段々とおかしくなってきている。いや、違う。


「あぁ、素敵だ。こんなにも充実感に満ち溢れているなんて、溶けて、混ざり合って

ドロドロと、一つに、一つになる、なった!なったんだ!やっとに!」

涙を流して喜ぶ様は、とても怖気の走る光景だった。

俺の目の前にいるのは、兄貴なのか、魔王なのか、あの女なのか……


そいつはひとしきり喜びの声を上げると、剣を握り直した。

俺を殺す気なのだろう。


殺される?殺されなければいけない?どうして?

弱いから。弱いから殺されるのか。

死ぬ……

俺は一度死んだ……だから、死んでも構わない。だが……



アリアが死ぬ事は許さない!


どんな事があっても、俺はあいつを助ける!命なんざ知った事か!

何かないか、何でもいい!

どんなに汚くても、卑怯でも、俺が絶対助けてやる!


”小僧!……キサ……もの”


ふと、最初にドラゴンが死んだ時の事を思い出す。



”【祝福】

HPが0になった際に5%の確率で相手を消滅させて……”


”……ユニークスキルを持っていたのであれば、その効力を打ち消してまで……”



俺は必死に探す。

数歩の距離をゆっくり歩いてくる魔王の足音に焦りながら、あの時に確認した

一覧を目で追っていく。


「何かしているようだが、無駄だ。」

ステータスは見えないのか?都合がいい。一分一秒が惜しい今は、邪魔を

されたくない。

これは賭けだ。実際にどうなるかなぞ、やってみないと分からない。

それでも、今はわずかな可能性に賭けるだけ。


剣先がこちらを向いているのが、目の端に映る。

「先に死んだ仲間によろしくな。」



――俺の体を、剣が貫く。



口から血がこぼれる。少し遠くで叫び声が聞こえた。

急所は外れているが、このままではいずれ死ぬだろう。

魔王もそれが分かっているのか、冷たい目で俺を見下ろすだけ。

だが、まだ終わりじゃない。終わらせない。


俺は残った力を振り絞り、手を伸ばす。

「最後の抵抗か?やめておけ、死ぬのが早まるだけだ。」

そんな言葉に耳を貸しているほどの余裕はない。

あと少し、もう少し……届いた。


魔王が剣を握っている手、正確には手首に付けている物。

服に隠れて見えなかったが、これは……


未だに何をしようとしているのかわかっていない魔王は首を傾げるだけ。

「げほっ……ま、魔王になんて、なったんなら……こんな物、捨てちまえば

良かったのに……馬鹿だな、兄貴……」


夢で見た、昔の思い出。

兄貴だけが受け取った物。


俺は力の限りにを引っ張った!




  スキル【部位破壊】発動

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