第310話 眠れない夜

夜、俺以外は誰もいない部屋を、何とはなしに廊下へと出た。

サーシャはともかく、脳筋も同じ部屋で寝ているという事を暴露されそうになり、

何とか誤魔化して、一人で部屋を借りるのに成功したからだ。

やましい事は何もしていないはずなんだが……


だから眠れないという訳でもないんだろうが……

自分では何も思っていないつもりだったが、もうすぐ決着の時が近づいてる事に、

思ったより緊張しているのだろうか?

「情けないもんだな。」

思わず口から出た言葉を反芻しながら、窓から入ってくる月の光を眺めていた。


「あ、兄ちゃん。」

声のした方にはフィルが立っていた。


「どうした?」

「ちょっと眠れなくて。兄ちゃんも?」

「そんなところだ。」

俺の側に寄ってくると、そのまま雑談を始める。


「ボクね、正直こんな大事になってるとは思わなかったんだ。魔王を倒すって

いうのにしても、案外さくっと終わって、家に帰れるもんだと思ってた。」

緊張感の無い旅だったからな。俺もそんなもんだと考えてた。


「でも、いろんな人が犠牲になって、魔王が本当に復活しそうになってるのを知って、

ちょっと……本当にちょっと怖くなっちゃったんだ。」

そう言ったフィルは少しだけ震えているように見える。


「今ならまだ間に合う。ピッガへ戻れ。」

「あ、誤解させたらゴメン。別に戦いたくないって駄々をこねてるわけじゃなくてね?

……どうしても今の内に言っておかなきゃいけない事があるんだ。」

何だ?


「聞いてくれる?」

「構わんが。」

「……じゃあ、ちょっと耳貸して?」

身長差があるので、少しだけ屈んで耳を向けると、軽く耳を引っ張られ囁かれた。



「あのね?


――あなたの事が好きになっちゃいました。」



「!」

その言葉に思いっきり慌ててしまった。

「えへへっ……言っちゃった♪」

「フィル……」

フィルは両手で口を覆って、耳まで真っ赤にさせている。


「好きな人が出来るって、こんな感じなんだね。何だか胸の中が熱くて、

爆発しちゃいそう。でも言わずに別れるのも……死ぬのも嫌だったから。」

「……死なせはしない。絶対に。」

「ん……嬉しい。」

俺の言葉を聞いて、小走りで割り当てられた部屋へと戻っていくが、

途中で振り返り、笑いかけてきた。


「絶対、みんな一緒に戻って来ようね。」

今度こそ、部屋へと戻っていった。

「俺も部屋へ――うぉっ!?」

驚いて、普段は出さないような声が出てしまった。


「勇者殿?何をしているんですか?」

脳筋の父がそこに音もなく立っている。青筋を立てて。


「いや、気分転換を……」

「私はですな、娘を大切に育ててきたんです。少し、女性らしさに欠けるような

面もあるのは認めます。ですが、連れてきた男性が人の家でイチャつく……」

長い説教が始まった……勘弁してくれ……


そのまま数時間、俺は廊下で怒られっぱなしだった。

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