第206話 閑話 今頃、あの人達は

「姫!再度、勇者様から手紙が届きましたぞ!」

「まぁ、やっと!?」

ヴァファール王国の首都にて会話が交わされた。次哉からの手紙を心待ちに

していた姫と大臣だ。


「勇者様、前と違って字もお上手になられて……日々、努力を積み重ねて

いらっしゃるのね。」

「素晴らしい事ですな、いやまったく。」

「そうね。……え?え?どういう事かしら?」

手紙を読み進めていく内に、姫が慌てた様子を見せる。


「ど、どうされましたかな?」

「いえ、何故かスターナ女王の名前が……それに、一緒に旅をする事になったと。」

国同士の付き合いで、王であるスターナとは何度も会っている姫が、思わぬ名前に

驚きを隠せない。


「いや、さすがに冗談でございましょう。」

「そうよね……そうよ、きっとそうよ。女王ともあろう方が、自分の身分も

顧みずに、旅の一団として同行するとは考えにくいもの。」

「ですな。いや、これはきっと我々を驚かそうと考えた勇者様のお茶目でしょう。」

「まぁ、可愛らしい。ふふっ!」

それが事実だと知らない二人は笑い合う。が、心のどこかで、あの国の女王とも

なればやりかねないとも思っているが、表には出さない。


「ではヨーグ、前と同じように勇者様に旅の資金を送って差し上げて。」

「分かりました。委細お任せを!」

そう言って、部屋から出ようとした大臣が持っているものに、姫の目が引かれる。


「ヨーグ、それは何かしら?」

「? あぁ、これですか。どうやら勇者殿が着ていた物のようですな。旅の邪魔に

なるから預かっていて欲しいと、手紙とは別に依頼が来ていましたので。」

それは黒いロングコートを畳んでいた物だった。


「あ、あら、そうなの?勇者様が着ていた……」

「これからメイドにでも、よく手入れするように「待って!!!!」」

喋っている最中に、姫の余りの大声で体が硬直してしまう大臣。


「ま、待ちなさい!」

「は、はい!!」

「あの、その、ね?ヨーグの手を煩わせるまでもないわ。そのコート、私が

メイドに頼んでおきましょう!」

そう言って胸を張る姫。


「いや、それこそ姫の手を煩わせる「い・い・か・ら!」は、ははぁっ!」

命令されると弱い男であるヨーグが、まるで献上品を差し出すかのごとく

片膝をつき、姫にロングコートを差し出す。

「で、では、これで。失礼いたします。」

姫が手ずからコートを受け取ったのを確認すると、そそくさと部屋を出る。


「ふ、ふふっ……」

姫は次哉の着ていたコートを広げる。

「黒……勇者様の目と髪も黒でしたわね。きっと、よく映えるのでしょうね。」

それを身に着ける姿を想像して、頬をほころばせる。

「あれから手紙も二通だけ……会いたい……」

そうして……




「おっと、姫に明日の公務の説明をするのを忘れていた。」

大臣が用を思い出し、先ほど出てきた部屋を再度訪れ、ノックをするが

返事が無い。

「姫、入りま……」

失礼かと思ったが、少し前まで居たはずなので、まだ部屋に居ると思い、

入ると、そこで見たのは……


「あぁ、勇者様の体温を感じるわ。匂いも……ふふふふふふふふふふ……」

次哉のロングコートを着て、ベッドで転がったり、コートを嗅いだりする

姫の姿だった。


大臣はそっとドアを閉めて、数十秒前からの記憶をすべて抹消する事に決めた。

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