第197話 次哉の受難 その四
その後の事を、次哉はほとんど覚えていない。
もう留まる事すら出来なくなったため、見えても構わないくらいの勢いで、
棚まで走り、服を持ったまま部屋に逃げ込んだ。
「はぁ、はぁ……げほっ!」
全力疾走したものの、思った以上に体力が無くなっていたため、咳き込みつつ、
手に持った服を床に一旦、放り投げてふと思い出す。
さすがに全裸はマズいので、浴衣だけは羽織ったため、今は布一枚を身に
まとっている状態だ。つまり下着を着けていない。
しょうがなく放り出した物から、探し出そうとした時、部屋のドアが開いた。
「あ~、勇者殿いた~」
アリアが赤い顔をして、次哉を見る。
「探してたのに、見つからないし……どこに行ってたんですか~?」
「い、いや、ちょっと……」
そのまま部屋に入って来て、顔を近付ける。
「う、酒臭い……お前もか」
「お酒~? 美味しかったですよ~」
この世界では、十五歳以上は酒を飲んでもいいらしく、アリアも時々は
酒を口にしていたが、普段はたしなむ程度だったので、酔っぱらった姿を
今、初めて人前に晒している。
「ん~?」
「ど、どうした?」
「なんか、他の女性の匂いがする……」
次哉は今までの事を思い出したが、なるべくなら喋りたくもなかったため、
誤魔化そうとした。
「気のせいじゃないか?」
「そんな事はありません! も~……またですか、また浮気ですか?」
「浮気ってお前な……」
「こうなったら実力行使です」
言い終わるや否や、アリアは次哉の顔に両手を添えて、強引にキスをする。
次哉は驚きと焦りで、そのまま後ろに下がるが、それに合わせてアリアも
下がるため、二人一緒に移動し、途中に合ったベッドに倒れこんだ。
「よ、酔いを醒ませ!」
「だって、勇者殿と来たら、旅先でしょっちゅう新しい女性を作っちゃうし……
私だって好きなんですよ? だ・か・ら、勇者殿の一番にしてくださいね?」
そう言いつつ、浴衣をはだけさせるアリア。
「落ち着け! 一旦、落ち着け!」
「そんなに焦らなくても……好きにしてくれていいんですよ?覚悟は
出来てますから……ね?」
覆いかぶさるアリアに、フィルから続く出来事を思い出して、思考が
追いつかなくなっていた次哉は、もうこのまま流されても……
そう思い始めていた。
「勇者殿、私の事……愛してくれますか?」
そう言い、顔がどんどんと近付いてくる。次哉は諦めたような、喜んでいるような
自分の中のよく分からない感情に、どうしようもなくなっていた。
そうこうしている内に、アリアの顔がもう目の前まで迫って来ている。
「え・づ・ら・が、犯罪じゃああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あぐっ!」
すんでのところで、リュリュが部屋に乱入し、アリアの頭を叩いた。
「リュリュさん? 何するんですか、も~……」
「何するんですか、じゃないわよ!
何者でもないわよ! ドアが開いたままで、ホント良かったわ!」
そうして、リュリュがアリアに服をちゃんと着るよう伝え、部屋から追い出す。
どうやら、他の部屋で説教をするらしい。
二人が出て行った後、最後の気力を振り絞り、ドアのカギを掛ける。
「つ、疲れた……」
こうして、次哉のドタバタな一日は幕を閉じた。
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