第196話 次哉の受難 その三

急いで脱衣所に飛び込んで、自分の服を入れた棚に走り寄ろうとする次哉。

棚は風呂場から出て、右奥にあるためそちらに向かう。だが、角を曲がろうと

した時、誰かとぶつかった。

「ぐっ!」

「痛っ!」

吹き飛ばされはせずに、数歩よろめいただけだったので、すぐさま体勢を

戻し、謝ろうとする次哉。

「……ジュグニャ?」

が、相手が先に気付いて抱き着かれた。ぶつかった相手はサーシャだった。


「んふ~♪ お姉ちゃんと一緒に入りたいである? そんなにお姉ちゃんが

好き? ん~、可愛い~!」

サーシャはそう言うと、次哉の体に両手を回して、肌をすり寄せてきた。

通常であれば次哉にそういう趣味はないが、フィルとスターナとの出来事で、

タガが外れかけそうになっている状態で、誰かの柔肌とくっ付くという事は

拷問以外の何物でもない。


サーシャは無邪気に頭を撫でたり、腕を腰に回したりしてきて、どうしようも

できないまま、時間が流れていたが、

「じゃあ、そろそろお風呂入る?」

その言葉に、スターナとのやり取りを思い出す。

風呂場に戻ったら、別の意味で戻って来れなくなる気がした次哉は、

必死でこの場を切り抜ける方法を考るが、良いアイディアは浮かばない。


「こら、サーシャ騒がないの。それに、その子は?」

急に顔のすぐ横から聞こえた声に、反応して振り向いた次哉の鼻先を、

何かが掠かすめた。




リュリュはあまり深く考えていなかった。

女将から、スターナが少しの間だけ浴場を貸し切りにして欲しいと言った事。

今日は客もほとんどいないし、指定されたのが小さな浴場だったので、

一時間程度なら問題ないと許可した事。

それを聞いて、気を利かせてくれたのかと思い、せっかくなので、入りに

行こうと準備をした。

脱衣所に行って服を脱いでると、自分が服を脱いだ反対側が騒がしくなった。

行ってみると、サーシャが小さい子を抱きしめて、騒いでいたので近付いていく。


リュリュは気付いていなかった。

抱き込まれ、顔がよく見えない黒髪の子供が、嫌がってるようにも見えたため、

サーシャへの注意をするのと、怖くないからと声を掛けながら、頭でも撫でて

あやすつもりで、思った以上に接近していた。

そのため、急に振り向いた子供の鼻が、持っていたタオルに引っかかった。


リュリュは忘れていた。

次哉が子供の姿に戻っていたのを。正確には、今まで旅してきたイメージが

強すぎて、こんなところで遭遇するとは頭の片隅にも置いていなかった。




鼻先が当たるくらいの距離、そこで静止したままのリュリュは、頭が混乱して

動けなくなっていた。

タオルがあれば隠すという事も思い浮かんだのだろうが、残念ながら隠す物は

何もない。

「リュリュ、ジュグニャも一緒に入りたいみたいである」


サーシャの言葉に、リュリュが声を絞り出して、

「き、きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!」

悲鳴を上げた。

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