第5話 転機はきっと身近に広がっているんだろうね

 一戦、というよりかは初陣と言って良いのか分らないが、何とか戦には勝てた。

 戦とも呼んでいいのか分らないけどね!

 しかし、確実にあの後の俺は村人から期待される目で見られる様になった。

 まして未来から来たと言うのだから、それは嫌が応にも高まるのだった。


「プレッシャーなんてすごい掛かっちゃうとダメになるんだよなあ~」


 と、朝飯もそこそこに呟いた。

 この小さな家の前には村人や昨日、共に戦った農民たちが話に来ているばかりか隣村からも年寄なるお偉いさんが来ているらしい。


「それだけ、貴明さんが名を挙げたと言う事ですよ。うちの村では、そうが開かれるみたいです」


 ぼやいていたことを知ってか知らずか、景ちゃんが隣からにこっと覗き込んでくれた。うーん、格好をつけたつもりが、実は景ちゃんの立ち回りが素晴らしかったから、うまく俺の魅力が伝わっただろうか……。


「惣……?ああ、あれか会議みたいなものね」


 この上本屋敷村の中で、一定の層の住民から毎年、くじ引きで選ばれた人が惣と呼ばれる議会を開くらしい。選び方や開催方法は各村によって差異はあるらしい。

 しかし国増神社が中心になって、この地域の山菜の専売制を領主から認められている事もあって、その境内の本殿を議場として使用しているらしい。

 あんなぼろぼろだった神社だが、この様な歴史があったとは……。


「その惣にはわしも参加する予定じゃ」

「あ、備前さん。そうなんですか……?」

「そうよ。何せ、惣年寄だもんね」

「ああ、ちょとは慕われておるのよ」


 さっきまで外で対応していた、備中さんが話に入って、向かいに胡坐をかいて腰を落ち着けた。もうおっさんだの、じいさんだのとは呼べなかった。夜明けの備中さんの顔つきを……見てしまったからには。


「そういえば、備中さんは農民なのにいやに綺麗な甲冑を着ていましたよね。あれ、他の人はみんな手に農具を握っていましたけど、槍を持ってたし」

「ああ?」


 と備中さんは素っ頓狂な声を上げた。口をぽかーんと開けている。


「わしは武士じゃ!」

「えええええ!?」

「んな!そうは見えぬと言うか!」

「見えないでしょ!!さっきも、色んな人の対応した後に少し農作業してたでしょう!知ってますよ!!」

「あのなあ……」

「農作業に詳しすぎないですかあ?」


 あはは……と景ちゃんは苦笑いを浮かべている。

 しかし、この子はどんな格好でも、どんな表情でも可愛い。現代に来ても構わないくらいだな!


「我が渡辺家はな、清和源氏せいわげんじの流れを汲む由緒ある家柄なのじゃ」

「ああ、あれですか。清和天皇の子孫の源氏とかいう」

「うむ。この土地に領地を授けられた際にな、当時の田堵たとと婚姻関係になったのじゃ」


 田堵というのは言わば、農地開拓者だ。農業に明るく、その知識を活かして土地を広大に所有して指導者となり、中には武装化して武士になるものもいたとか……。


「つまり、田堵としての一面も持ち合わせていらっしゃると?」

「うむ。渡辺家はその農業、土木知識を吸収し、農民を雇い入れてこうやって土地を耕したりしておる」

「半武士、半農みたいな感じなんですかね?」

「まあ、その様に考えても構わん。だが、こんな事をしておる武士ばかりじゃ。その地域の農民を所有して、田畑を耕して生活をするんじゃ。だが、奴隷という訳ではない。彼らがおらねば、わしらは潰れてしまう。良き相談相手、先達者でなければならん。わしはそう思っておるよ。結局ここまで慕ってくれておるのは、代々の当主がそういう関係を築いてきたからに他ならん」


 その間にまだ誰かがやって来たようだ。

 景ちゃんが表に出る。

 その間に俺は、どうしても聞きたかった事を聞いた。


「あの、景ちゃんのお父さんって……」

「死んだ。戦でな」

「やはり……という事は備中さんの息子さんに?」

「ん、そうじゃな。正確には娘婿じゃ。景の母は、あの子を産んだと同時に力尽きたんじゃ。父親は甚五じんごというてな。服部はっとり家から養子に来たんじゃ。服部家は元は職業集団の長でな。領地を与えられて、分家が武士となったんじゃがな、更にその分家からきおった」

「分家の分家ですか」

「ああ、だからかこの家を大きくするとて手柄を焦ったんじゃろうな。結局は流れ矢に当たってしもうた。決して格好のつく死に方ではなかった。それからは、景があんな調子じゃよ」

「戦に出たいんでしょうか?」

「さあ。本人にしか分らぬな」


 やがて景ちゃんがやって来た。

 中本屋敷村の一団がもう、国増に着いたらしい。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

「他人事か?」

「何がでしょう?」

「今日の話し合いは、昨日の事もじゃが。お主がこの村に住んでも良いかの話し合いもするんじゃよ」

「えええ!だったら、もしそれが拒否されたらどうするんですか!」

「昨日のあれを見て、そうなるやつがおるか?」

「あ、確かに!」


 はっはっは!と備中さんは笑って土間へと向かった。

 何か合格発表を待っている気分になった。

 ふと、俺は受験生なのだと思い出した。


 そんな余裕すらなかったのかと、悲しくなるほどにここの生活は穏やかではなかった。


 それから数時間。

 俺は泥のように眠ってしまったらしい。

 後から考えれば……このまま目が覚めなきゃ良かったと後悔をする事になる……。


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