第4話 奇跡はたぶん実力のうちなんだよね

 結局俺は持ち場に付かされた。

 しかし、着の身着のままといった感じで手に武器があるかと言えば、そうでもない。だが……俺には武器がある。

 それはセンター試験模試で獲得した日本史100点という頭脳だ。

 そして昨年は18点だったが、ここまでに得点を伸ばした、努力と好奇心だ!


 そんな俺が田んぼの一角で、立ち番をしている。

 それから約4メートルくらい離れて、2人の鎌を手にした農民がいる。それと景ちゃん。


 やがて正面の山から、火の明かりがこちらから西に移っていき、降ってくるのが分った。これははっきりとしている。


「見たところ……数は100人いるかいないかだな」


 自分でも冷静なくらいに分析していた。恐らく、この村だけでは男衆は少ない。それでも30人くらいだろうか。近隣住民がやってくる事になれば、さらに旗色は良くなるはずだ。

 この本屋敷の一帯には様々な区分があるらしい。ここが上本屋敷。そして西が中本屋敷なかほんやしきで南には下本屋敷しもほんやしきだ。

 中本屋敷村は交流が盛んで、共同で使用する土地である入会地も多くあるらしい。ここに来るまでに、後ろに立つ農民たちから聞いた事だ。

 俺にはまだ知らない事が多すぎる……


「お、おい……貴明といったな」


 その内の一人が俺のところまでやってくる。

 当然街灯もないので表情は分かりにくい。


「はい、どうしましたか」

「おらたちは、ここでずっと立っていて良いのか……?」

「そうですね、ですがここにももし賊が来たら困りますから。連絡手段は必要でしょ?」

「だ、だけど……松明を見る限りは、こっちには来ないみたいだ」

「え、ええ……」


 その最中で、遠くから、わあーっと声がした。

 恐らく、戦が始まったのだろう。その声が異常な大きさである事から、槍や刀を交わらせて戦っているのではなく、互いに威圧しているのだと考えた。


「ああ、みんな無事でいてくれよ……」

「まだ戦闘には入っていないと思います。ああやって声を張り上げて、数の多さを相手に知らせているのです」

「そ、そうなんけ?」

「ええ……本で読んだことがあります。ただ……」

「ただ……?」

「あまりに、武士らしい戦法だなって。とても農民の人がって言ったら失礼ですが、体得しているとは言えない様な……」


 そこで俺は気づいた。

 俺はこうした戦法や戦い方を、いろんな本や漫画を読んで知っているじゃないか!そして彼らは同じく、文字も読めない人が多い。ならば……俺にだって戦術なら助言できるかもしれない!


「ね、ねえ……聞きたいんですけど」

「んん?なんだ?」

「あそこの山って、賊の根城なんですか?」

「ああ、そういわれてはいるけど。よくわからねえんだ」

「何か、特徴があったりは?」

「さあなあ。ただ、昔はこの村、上本屋敷村の人間はよく山菜を採りに行ってたらしいだ」

「山菜?あんな標高のある山に……?」

「ああ……みたいだが、何か関係が?」

「山菜を採りに行けるくらいの高さではありますが、頻繁には行けないんじゃないですか?あそこまで。なら、もしかしたら抜け道があるかもしれません」


 すると、もう一人の農民が歩み寄ってきた。

 手には鍬が握られている。木製で、先の柄は恐らくは鉄だろう。これは刺すと言うよりは叩いた方が良いに違いないと感じた。


「あそこには確かに抜け道があって、そこを通ったらしい……死んだ婆さまが言うとった。まだ後鳥羽ごとばさんの時代だったか。修験道の方が切り開いたという道があるとか」

「それだ!それは、この正面ですか!」

「いや、それはわからねえけど……」

「地図……あの山の地図……。そうだ!地図は非常に重要な物です。恐らくは奉納されているはず。国増神社へ行って地図を見てきてください。閲覧なら良いでしょう。それで、その抜け道がどこ辺りかを探ってください!早く!」

「わ、わかった!すぐだから待ってろよ!」


 俺の腹は決まっていた。

 俺と彼の話を聞いていたのか、景ちゃんが心配そうに近づいてくる。


「何の話を……していたの?」

「あれだよ。あそこに可愛い女性がいるぞと言ったら走っていったのです」

「そんな偽りはいらないから……ちゃんと教えてよ。あたしだって稽古はしてるの。女だけどそこらの男には負けないわ」

「本当に?でもほら、男は女を守ってなんぼだから」

「意味わからいよ。ねえ、どうする気なの?」

「貴明、本当に景ちゃんは武芸は凄いんだよ。弓に長刀に、その腕は備前さん譲りなんだ」


 確かに、この計画には余りにもこちらの戦力は不足していた。文字通り猫の手も借りたい状況だった。


「なら、景ちゃん。この周辺の人で田の警備にあたっている人で、戦う勇気のある人を集めてきてほしい」

「……わかった」


 そう言うと、景ちゃんは走って行ってしまった。あの足の速さでは俺は到底追い付かないだろう。


「お、おらも……戦うだ!みんなだけを戦わせてはおけね!」


 やがて先程の農民が帰ってきた。


「やはりこの正面が修験道の切り開いた道があるだ!役道やくどうっちゅう道があった!」

「よし!大手柄あ!」

「そして聞いたぞ!こっちも一泡吹かせるんだってな!みんな、やる気さ!」

「そ、そうなの?!いや、てっきりあんな新参者の言う事は聞けるかい!ってなるんじゃ……」

「必死に村を守ろうとする者にそんな事は言えん。それに、あんたには何かを感じる!」


 それからすぐに景ちゃんは24人を連れて帰ってきた。

 戦況はまだ一進一退なのであろうか、にらみ合いが続いていたが、山賊側の松明が徐々に下山しつつあった。今が勝負時だった。


「恐らく、賊たちは西の正面道に手下を割いているはずです。それも、西には中本屋敷地区があり、そこから援軍が来る事を分かっているからです。そして援軍がやってくる前に、何とか我々を潰そうとするので時間を掛けたくないからです。だから僕たちはもう一方の修験道者の切り開いた役道を通って山頂へ向かいます」

「するってえと、挟み撃ちにするのか?」

「ええ。ですが……」

「数は足りないわよね」


 景ちゃんは、やはり木綿の服を着たまま手には立派な長刀を握っていた。

 家にそんなものがあっただろうか。


「うん。だから、山頂には向かうだけだ。相手が挟み撃ちにされると分かったらきっと退いてくると思う。そうしたらこっちは退却する」

「なるほどね!」

「だから、こっちは相手に気付かせるために松明を敢えて持って行きます。山頂付近に着いたら合図します。そうしたら火を消してください。相手はきっと山頂で我々が攻撃を仕掛けると判断するでしょう」


 方々から、おお!っと声が挙がる。村の女子供が松明に火をつける。これだけでも、きっとお金は掛かるのだろうと思った。だとしたら失敗は出来ないな……。


「じゃあ、行きましょうか」


 駆け足で田のあぜ道を進んでいく。先頭は景ちゃんだ。

 格好良く一番乗りしたのだけど、足が追い付かない。緊張しているからなのか、脚力の違いかは分らない。


 それよりも、何故この様に考えがポンポンと浮かんでくるのかが分らなかった。当然、人間追い込まれたらそんなもんなんだろうけどね。


 策はテキメンだった。

 賊は慌てたのか、全員を退かせるのではなく、松明の数から別動隊が少ないと判断し、分断する作戦に出た。しかし指揮系統は夜戦により乱れた。行軍は遅れ、こちらが山頂付近に着くや、焦ったのかさらに行軍スピードを上げた結果、落伍者が増えた。


 そして相手が山頂を捜索するがもぬけの殻で、我々は下山態勢に入っていた。

 そのまま逆落としをされれば困ったが、暗闇に隠れていると踏んで捜索をしているらしい。

 西正面には隣村からも援軍がやってきて、賊は徐々に山の反対側へと退いていった。


 一夜にして俺は村中に知られるところとなってしまった……。


「まさか、高明がこんなにすごいなんて」


 と景ちゃんに言われるまでは良かった。良かったのだが……、村の人々は変に俺を崇めるのだった。


「よ、よし!この貴明にまっかせなさーい!」


 と、言ったはいいが夜が明けて、本当に任されてはいけない事に俺は巻き込まれてしまうのだった……。

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