第3話 大体、物知りな人はキケン!
中へと早速通された俺はその門構えにまずは驚いた。
「こりゃあ、立派な門ですねえ……」
「意外とそうでもないわいな。昔はよ、わしンとこもそりゃあ大層なお家だった訳だ。それが今じゃあこのザマなんじゃ」
引き戸を開けた瞬間に、なるほどと思った。
なんとも殺風景な木の床が、玄関の一段上にある。そこには傘と蓑が掛けられていた。その右手には神棚がある。何やら掛け軸があるが、何の絵が描いてあるのかは分らない。
「それは太公望さんじゃ」
「太公望……?」
「ああ、それって中国の昔の……釣りをしていた人ですか……?」
「若いモンは知らんでええ。この世の中には、字すら書けんし、往来ものを読めんやつもおる」
俺は若いけど受験生だ!!
と言いたくなったがややこしくなるのでやはり遠慮した。
「これはな。江を見て龍を望む、という画なんじゃ。わしの先祖が頂いたありがたいものなんじゃ」
へーっと、言うしかなかった。そもそもどんな事をしたのかも知らないし、このおじさん?おじいさん?のこ事も良く知らないのだから興味がない。
「あー!おじいちゃん!また知らない人連れてきてる!」
勢いよく戸を開けて来たのは、これまた少しみすぼらしい恰好をした女性であった。声は高くて凛としていて可愛らしさの中にも力強さを感じた。
長い髪を揺らしたその少女は、鼻筋も通っていて目もくりっとしている。
こんな時代にって言い方は良くないのかもしれないが非常に可愛い。
なんだか、あの絵にも興味が出て来た気がするぞ……。
「ああ、この子はなあ。わしの孫娘じゃ。
「ああ……そうだったんですね……」
「ん?何?今回の人はいやに若い人なのね」
「こう見えて齢三十八になりました。友野貴明にございます」
「え……?なに、この人は……?」
「ああ、そいつはよお」
と言ってこれまでのいきさつをしっかりと話し始めてくれた。
ありがたや。
しかし、何だろう。自分ではなかなかに自信があったギャグがこうも通じないとは。やはりなんだろう。この時代は厳しいね。
しかし景ちゃまはあまり驚いてはいない様子で、時折ふうんとかしか相槌を打っていない。さすがは……冷静なんだな。この時代にも何かしら来た甲斐はあったな……
「という事じゃってよ、高明」
「へ?」
何も聞いていなかった。とかくこの可愛い子をひたすらに見詰めていたからだ。
「い、いやあ……だってね?未来から来たなんて信じられないでしょ?」
「そ、そっちだったんですか!!」
こうしておっさん、もといじいちゃまと景ちゃんでの仲睦まじい夕食が囲炉裏の前で始まった。しかし夕食は粟で出来たお粥だった。俺だったら、カルボナーラを買ってきてレンジでチンするくらいに腕を振るうのだが……
夕食と言えないくらいの食事をした後、
「そういえば」
と切り出したのがいけなかったのかもしれない。
「まだ、おっさんの名前聞いてなかったんですよね」
「わしか……?わしはな、
「はあ……渡辺さん、なんですね」
「まあ、昔はちょっとは、腕をならしとったんじゃよ」
「そうなんですか?」
「ああ、明日はまた農作業じゃから、もうはよう寝えや。まあお前さんは、ここいらでゆっくりするが良い。明日はまた先の話でも聞かせてくれい」
「わかりました……」
時刻にしてはかなり早い時間だった。
俺は備前さんが寝る間に、外で行水をした。渡辺さんは、農家の人だったのか……と考え、囲炉裏のある部屋に戻ると景ちゃんは本を読んでいた。
何かは触れなかったが、女性なのに勉学をたしなむのかと気にはなった。
本当に静かな夜だった。星は満点のごとく空に散り、ここは過去なのかまたは別の世界なのか分らなくしていた。
しかし俺も心配事があった。
これ……二年も三年も戻れなかったら、英単語とか絶対に忘れるんだけど!!
しかし筆も紙も見当たらない。
仕方なく、景ちゃんにおやすみと挨拶だけして、雑魚寝を始めた。
その数時間だろうか、まだ日が明けもしない時間に備前さんは目を覚ましたようだった。
「若いの、起きろ!ええから、はよう!」
俺はやはりこれが夢ではなかったんだと感じたが、それよりも備前さんの声に目を開いた。
「えらいことになったぞ!」
「僕にしてみたら、もうえらいことになってますよ」
「賊じゃ。とうとうこんな村にも来おったんじゃ」
「ええええええ?!」
「どうするんですか!」
「戦うのじゃ!わしらでやらねばならん!」
「自衛隊は!?」
「なんじゃそれは!」
「戦国時代に来た自衛隊がいるって映画で観ました!」
「もう良いわ!はよう準備せい!」
景ちゃんはもう囲炉裏の先にある台所へ行き、しおむすびをこしらえている最中だった。
「ええええ!?なんの?!よ、鎧は!俺の鎧は!?」
「いらん!貴明は他の農民の田を見張るのじゃ。何か被害があれば、すぐにここに戻ってこい。持ち場ははわしらが決める!さあ、来るのじゃ!」
あかん……早くも変な事に巻き込まれた。
卓球部でさえ幽霊部員だった俺に、何が出来るのだろうか……。
しかし、その時は近づいていた。満点の星空は、まだ俺を見つめていた。
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