第2話 理想郷と地獄って紙一重
強い光が俺を包むと、次に目が覚めた時には広い境内の一角にいた。
「え……なんですか、ここは」
そこは真っ赤な鳥居が目の前に立っていた。自分が目にしているものに慌てて、後ろを振り向くと、それとは一回り小さな石で出来た鳥居が立っていた。
再び目に飛び込んで来たのは赤い鳥居の前には立派な本殿があり、白や赤や紫の簾が掛かっていた。その奥には丸に柊の家紋が見てとれる。
「こ、ここは……どこだ」
これは夢なのか!?いや、違う……いや、でも映画のセットじゃないし。いや夢……だろうか?それより帰り道はどっちだ。
白い鳥居を抜けると、そこには屋敷が数件建っていた。その向こうには田んぼが見える。さっき見ていた百円ショップもその姿を消していた。もはやドッキリでしかない。
「おや、見ない顔だねえ」
初老と思しき男性が声を掛けて来た。
俺は、こっちのセリフだよと言い返したかったが、それを堪えた。だいたいこの社会ではお隣さんの家族構成でさえ知らないということが珍しくないのだから。
幸い我が家は一軒家でお隣さんとも仲良くさせて貰っている。
ということを考えている余裕はない!
「あ、ええっと……、うちに帰りたいのですが」
少し俯きながら俺は切り出した。情けない話だ。良い年齢をした俺が、近所で迷子になるのだから。しかし明日は運命の試験日!迷って時間を費やすよりかは、ここで聞いた方が良いわけだ。金はかかるがタクシーを見つけたらそれで帰宅しても良いのだから。
「あんた、何処さ行きてえんだ?」
「というよりは、ここはどこなんでしょうね……」
「はあ?ここは青松っちゅうとこよ。あんた何処からきたんね」
「ああ、良かった。青松ですよね」
青松は俺の住んでいるところだった。どうやら無意識にどこかへ行ってしまったのではなかった。しかし、となると疑問が出て来る。
(い、いやしかし……だ。青松地区にこんな田畑なんかあったっけ?)
「す、すいません。確認ですけど、
「もとやしき?ああ、そらあれだ。ここの社の大宮司サマの先祖の話でねえか?」
「ええ……さっぱりわからない」
「ここ一帯は本屋敷というようにわしらはずっと呼んどるよ。ここの神社の宮司様の先祖がな、あそこの山に屋敷を築いたんじゃ。その後に、ここの場所に腰を据えて正式な屋敷を建てた。故に、この地域一帯を本屋敷と言い、向こうの山にあった仮屋敷を
な、なにを言っているのかは分かったのだが、いささか現実と違い過ぎる。好々爺の歴史話とはつい眠たくなってしまうものだが、今はそんな思いは何もなかった。
「えっと、ではこの神社は……」
俺は恐る恐る、鳥居を指さして続けた。
「国益神社ですよね?」
「ああ、惜しいの。クニマシさんじゃ」
「クニマシ……?」
「国が増すと書いて、国増神社じゃ。クニマシさんとわしは言っとるがね」
「そ、そんな……!」
確か聞いたことがある。ここは昔は
「い、今って平成年間で、西暦は2016年ですよね……?」
「あ?今は弘治4年じゃ。まあ、言うてわしらは元号には関心はないがな」
そういうと男はカッカッカッと笑い始めた。
最初はみすぼらしい服装だと思っていた。和装ではあるが一枚だけしか羽織っていない、それでいて糸はところどころほつれている。
俺は確信する。
ここ……過去の世界じゃねえか!!!
「あんた、見ない顔だねえ、その……出で立ちも何というか……」
幸いにも言葉がある程度は通じているので、まったく気が付かなかった。しかし、もうこの風景やこの人の発言からはそうとしか言えない!
何でこんなことになったんだよ……。あっ……!
俺はない頭をフル回転させた。
あの時俺は、なんてお願いしたんだ。なんか俺は余計なお願いをしてしまったんじゃないだろうか……。そうだ!!過去に行きたいとかなんとかお願いしちゃったじゃないか!これは想定外だよ!!
まさか百円ショップ裏の神社に百円をお供えしたら、本当に願いが叶っちゃいましたなんてどこにそんなドジな仏さまがいるんだよ!って、神社だから神さまになるの?
「くそう……神も仏もあるもんかああああ!!」
「ど、どうしたんじゃ?若いの……」
「で、でもあれですよね!過去に来たと言うならば、俺、好き勝手になんでも矢って良いんですよね!ゲームとかそういったのは無いけども、ほら、よく憧れてた農家とかそういったスローライフ牧場的な人生の余暇を送れるんじゃないですか!?」
「な、何を言ってるんだね、君は……。い、意味が分からん……」
「と、とにかく!俺は過去に来たんですよ!」
「へえ……。ええええええ!」
驚くのはこっちだよ!とまた言ってしまいそうになるのを俺は再び堪えた。
しかも過去のことはよく分からないにせよ、俺は受験で日本史を選択している。つまり、日本史には少しは自信が……って。
俺受験出来ないじゃん!困るよ!さすがに今年は夢にまで見た大学のキャンパスで憧れのアバンチュールを経験したいんだよ!
「と、とりあえず……いったん家さ、行くか?お前さん、今日もあてはないんじゃろが?」
気が付けばもう鳥居の向こう側は、茜色に染まっていた。この色ってどこかで見た事があるなとも思った。恐らくは絹織物の店にあった商品の色だろう。そう推測すると、少し寂しくなった。
「もし、ご迷惑でなければ……よろしいでしょうか?」
「ああ、わかった。よし!わしについて来い」
男はゆっくり歩いていく。コンクリートで舗装された道ではない。片側には竹藪の林が生えておりもう片方には、整理された田が広がった異質な空間が広がっていた。
「少し、聞きたいのですが」
「ああ?なんじゃい」
「アバンチュールって言葉、知ってますか!」
それから俺は20分ほど歩いて、これまた門がしっかりした立派な板葺きのある屋敷へと案内された。
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