第367話: 魔王の命令

 目の前で、初代魔王が吹き飛んだかと思えば、次いで視界が揺れ動く。

 一瞬、無重力を感じたかと思えば、いつの間にか地面へと押し倒されていた。


「父様、説明して貰おうか?」


 自分が強くなった自身は確かにあった。出会った時は目ですらその動きを追えなかった初代魔王の動きでさえ見えていた。だけど今の魔王様の動きは全く見えなかったぞ?


「いや、まぁあれだ。私自ら小童の訓練をしていたのだ。お前の手を少しでも煩わせまいとな」


 あれだけ闘志剥き出しだったその様は目を疑うばかりに別人のそれと変貌していた。無理もないか。あれだけ、魔王様の威圧を一身に受けて平常で居られる筈がない。まぁそれは、親子と言うのもあるのだろうが。


「ほぉ、あんなに殺気を駄々漏らしにしながら訓練とは」

「ふんっ、実戦に近い形の方がより訓練になるだろう。そうだろう、小僧も何とか言え」


 何だよその意殺さんばかりの視線は⋯。だけど、魔王様を怒らせるのはどう考えても得策じゃないよな。何より早くこの足蹴にされた体制から開放して欲しい。


「本当か、ユウよ」


 2人の鋭い視線がこちらを向く。


「え、えぇ、初代魔王様に稽古をつけてもらってました。いやぁ、流石に実戦形式は辛いですね。一瞬お花畑が見えた気がしますよ」


 嘘は言っていない。明らかな殺意は感じたが、こうして生きているんだ。本人も言っていることだし、本当にあれは訓練だったのだろう⋯うん、そう思うことが一番丸く収まりそうだし。


「そうか⋯なら、仕置きが必要じゃな」


 魔王様はニコニコしながら、俺の胸ぐらを掴み無理やり身体を起こす。何故抵抗しないかって? それは抵抗しても無駄なのは分かっているから。だけど、ええと、この状況はなに? 回答を間違えたのか? やはり素直にお父さんに殺されかけてました。助けてくれてありがとうございましたが正解か?


「えっと、何故仕置きを⋯お父さんじゃなくて俺なん────」

「小童に父と言われる筋合いはない!」


 ヤバっ、素で言い間違えた!


「す、すいませ────」

「あはははははっ、人族の勇者もタジタジよの。いやぁ、今のは良かったぞ。それに間違いじゃない。父様を父と呼んでくれてもいいのだぞ?」


 いやいや良くないでしょ。さっきから睨み殺されそうな視線を感じるんだが⋯。数々の修羅場を潜って来たつもりだが、どうやら俺はここまでのようだ。ごめんな、ユイ⋯。


「そんなことより父様。つい今し方彼奴が動いたと情報が入ってな。魔族たちに足止めをさせておるが、葉虫が如く、まるで時間稼ぎにならん」

「そうか、ならば私が行こう。総力戦の前に一度相手の実力とやらを拝んでおくのも悪くない」

「深追いしないでくれよ。折角会えたのだ、また別れるのは辛い」

「小童⋯いや、小僧。私の居ない間は、貴様が娘を守れ。小僧のことは気に喰わんが、その力は認めてやる」


 吐き捨てるように告げると初代魔王は転移で消えた。

 恐らく、7大魔王のリーダーのいる死霊大陸へ向かったんだろう。


「ふむ。ならばこれで父様公認じゃな。もはや遠慮する必要もなくなったぞ」

「いや、遠慮って何をだよ。いや、何をですか」

「それじゃよ。妾は堅っ苦しいのは嫌いじゃ。敬語など使わずとも良い」


 いやいや、魔族の王に一市民ですらない俺がタメ口なんて吐けるはずもないだろ。そんな光景を他の人に見られたら、闇討は必至だ。


「いいな、これは命令じゃぞ。命令を破るとどうなるかは、賢明なお前なら分かるであろう」


 どこの世界に命令だ、私と友達になれ! なんて矛盾している暴君がいるんだよ。あ、ここにいるね。

 だけど一つハッキリしていることがある。


 魔王様の足元がヒビ割れ、それが段々と広がっていく。何かをしている素振りはないが、俺が拒否しようものなら俺は元より、ここら一帯が消え去ってしまう。


 その後、俺が了承して皆の元へ帰ったのは言うまでもない。

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