第355話: オディールの最期

「やはりお主か、リシルス」


 眼前に現れた相手を殺意を込めた目で睨み付ける。


「ナターシャ⋯」


 かなりの距離で隠れていたにも関わらず、一瞬で私の殺気に気が付き、この場所を嗅ぎ付けた。


 ナターシャは余裕な笑みでリシルスを一瞥すると、別方向へ視線を送る。

 あっちの方向、たぶんオディールたちがいる方角。どうやって察知したのか⋯。やっぱりとんでもないわね。


「お前たちインベントリ一族が何を企んでいようとも、必ずそれは阻止させて貰うよ。元魔王の名に誓ってな」

「⋯⋯私なんかに構っていていいのかしら?」


 《異次元の扉》


 貴女はまんまと私に誘い出されたの。優秀な貴女なら、僅かな殺気でさえも気が付くと思っていた。


 異次元の扉は、ある一定時間の間だけ何もない別の次元へと渡る能力。一日一回しか使えず、本来は逃げ隠れする時に用いるのだけど、まさか相手を閉じ込める為に使う事になるとは思わなかった。


(少しの間だけど、ナターシャは閉じ込めた。攻めるなら今)


 私の合図に、オディール以外の他3名が突撃するのが横目で確認出来る。オディールの姿は見えない。

 私は、上空から姿を消したまま柱の近くへと近付く。

 柱の前には、魔王ノースが臨戦態勢で待ち構えている。凄まじい覇気⋯。相手は一人しかいないのに、まるで無敵の軍隊に囲まれているようなそんな威圧感。あの時とはまるで別人。魔王選抜大会で競い合った相手だけど、あの時とは違い、何の制限もない場所で、ましてや本気で殺す気で来られれば、私たちが束になっても到底敵う相手じゃない。それはあの時対峙した私が今の彼の覇気を感じて見て抱いた率直な感情。

 だけど、彼相手に時間稼ぎが出来るのは、この中では私だけ。私がやらなければ、一族の悲願は⋯ここで潰える。


 柱と辺り一帯が闇色に包まれる。

 常人ならばこれで視界が奪えるだろう。だけど、相手は魔族でも最強の称号である魔王。


 《闇の槍》《闇の矢》


 対象一帯が暗闇に覆われていようとも夜目の効く我等一族には柱の場所は手に取るように分かる。

 魔王を無視し、柱に直接攻撃を仕掛けるも、見えない何かに疎外されてしまった。魔王の仕業? いや、違う⋯。


 《蜃気楼の鏡》


 突如として辺り一帯の広範囲にガラスの割れる甲高い音が響き渡ると、そのガラスの壁の向こう側から現れたのは、数えるのが億劫な程の戦士たちだった。


 ははっ、おかしいと思ったんだよ。後がない最後の柱の防衛に最高戦力とは言え、たったの二人しか配置されていないなんてね。


(リシルスっ! すぐにこの場から離れろ!)


 オディールが叫んでる。だけどもう遅い。感知系や幻術系、結界師など魔界で最高峰の実力者が集結しているのに、どうして逃げられるのか。前へ進む以外の選択肢はない。元々0.1%しかなかった成功率が少しだけ下がるだけなのだから。


 逃げようと方向転換する間も無く、突撃した三人が怒涛のように降り注がれる魔術の雨に撃たれ、一瞬で細切れとなる。


(逃げ場はない。このまま強引に押し切る)


 一秒後の未来では私は命を落としてるかもしれない。十秒後の未来では、私は跡形もなくなっているかもしれない。


 死ぬ覚悟を持ったその時だった。


(リシルス、後は任せたぞ)


 何かがドス黒く光り輝いたかと思えば、それは光の速さで柱目掛けて突き進む。まるでそれは黒い矢尻のように一点に向い突き進む。

 姿は見えなくても、それがオディールだと私は確信した。降り注がれる魔術の雨をモノともせずに、オディールの黒い矢尻は、より鋭さを増して、柱のすぐ手前まで到達した。


 しかし、見えない何かの障壁と激突し、その動きを完全に止められてしまった。


 それを好機と見るや否や数多の攻撃がオディールへと降り注ぐ。明らかに過剰攻撃と思われるそれは、オディールの原型すら残さぬ勢いで降り注がれた。


 《毀傷反転リフレクトダメージ


 毀傷反転リフレクトダメージは、直前に自身が受けたダメージの全てを放った者へと反転させるカウンター技。しかし、その攻撃によって命を落とした場合は、対象が自身の周りの者全てとなり、反射ダメージも数倍に膨れ上がる。生涯において一度きりの大技へと変貌する。

 オディールは死を確信して事前に最期の大技を使用していたのだ。

 オディールの亡骸と思われる残骸から眩いばかりの光が発せられたかと思えば、その周りにいた者が突然苦痛による悲鳴を上げ、身体中から血を吹き出し、一人、また一人と倒れ伏せていく。

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