第345話: 脱獄犯を追って
「ナターシャ様、お久し振りです」
約十年振りに魔王城を訪れたナターシャは、元老院たちに迎えられていた。
「もう私は魔王ではないのだ。敬称は不要だ。それよりも状況を説明してくれ。一刻を争うのだろう?」
既に引退の身のナターシャが呼ばれたのは、かつてナターシャが魔王時代に自らその手で収監したインベントリ一族が何者かの手引により忽然と獄中から姿を消してしまったのだ。
彼等は禁忌の秘術を使い、国家転覆の謀反を企てていた。それに逸早く察知したナターシャが未然に防ぎ事なきを得たが、今またその脅威に晒されるという事態に陥り、ナターシャが呼ばれたのだ。
現在、五百を超える人数で消えた一族の捜索にあたっているが、一向に手掛かりが掴めない状況だった。
「第三兵団が何者かと交戦し、音信が途絶えました。恐らくは、インベントリ一族の手の者の仕業かと思われます」
第三兵団は姿を消した彼等たちの捜索任務にあたっていた。クオーツ程の実力はないが、相応の実力を有しており、有事の際の魔王軍の一団だ。
「兵団全てか?」
ナターシャが聞き返すのも無理はない。
魔王軍には第一団から第十団まで存在し、それぞれ二十四名の団員で構成されている。対するインベントリ一族は全員で七名だ。人数差があるにしても逃亡中の不利な状況である彼等がその全員を倒すことの敷居はかなり高いと言えた。
「そうです。すぐにクオーツのザークスに最後に定時連絡があった場所に確認に向かわせましたが、その近くに大きな凹みと辺り一帯が真っ黒に焦げていた場所があることが確認されています」
「逃亡に関してもだが、彼等だけの犯行とはとても思えない。内通者がいたとして間違いないだろう。それなりの地位、権限があって事件の前後で姿が見えなくなった者はいないか?」
逃げた者を追うよりも手助けした者がまだこの近くにいるならばそいつから辿って行くのが早いだろう。
だが、妙だな。魔界にいる以上いつまでも逃げおおせるとは思えない。時間は掛かるかもしれないが、探知系の術師を揃えて虱潰しに捜索すれば必ず見つかる。
「既に魔王様から指示があり、現在調査中です」
「そうか。それから地界へ通じる転移門の警戒を最大限に上げておけ。万が一の可能性があるからな」
「元より誰も近付けぬようにシリュウ様の結界で覆われていますが、すぐに指示を出します」
衛兵の一人が慌しく駆けて行く。
「そう言えばアリサには捜索を依頼したのか?」
アリサとはその幼い魔女っ子の風貌とは裏腹に魔界でもトップクラスの探知系魔術の使い手であり、離れた場所の映像を映し出すことの出来る魔術を唯一会得している。かつて地界の勇者たちがこの地に攻めて来た際もその能力は大いに役立っていた。
「それが、何処を探しても見当たらないのです」
発言し、フランが下を向く。
内気で引っ込み思案で、かつ他人と距離を置くような性格だったアリサが唯一信頼を寄せていたのが他でもないフランだった。それはフラン自身が誰とでも分け隔てなく接する存在だったからだが、そんなフランもアリサのことを気に入っていたが為に姿の見えない彼女のことを心配していた。
「それは心配だな⋯⋯。衛兵、探知系持ちにアリサの捜索を依頼しておいてくれ」
さて、アリサがいないとなると、代役は⋯⋯スザクにでも頼むか。
私には試してみたいことがあった。
私とて、引退してこの十年、別に遊んでいた訳ではない。魔界の平和の為に尽力していたつもりだ。勿論第一優先は育児だがな。
「スザクよ。少し実験をしたい。力を貸してくれるか」
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