第343話: 平穏な生活
「母様、これはなんですか?」
大きな目をキラキラさせながら、まだ歳若い少女は好奇心旺盛に素早く動く小さなネズミを指差していた。
「ウェアラットよ。小さい上にすばしっこいの。時々悪さをするから、増えないうちに退治するの」
「じゃ、私が母様の代わりに倒してあげる」
人差し指から小さな雷撃が放たれる。
ウェアラットは命の危険を感じたのか隙間に身を隠し右に左に動き回るも、正確に追従してくる雷撃に抗う術はなく、こんがりと焼けるどころか炭と化してしまった。
齢6歳の少女は母親の厳しい英才教育のおかげか、そこらの大人よりも既にその実力は上だった。
ここは、魔界の郊外にある長閑な一軒家。
周りを自然に囲まれて、一帯は魔界とは思えない光景が拡がっていた。勇者の由紀が持ち込んだ、どんな大地にでも生える寄生木の種を使い、魔力濃度の強い本来魔界の土壌では根付かなかった豊かな自然を作り出したのだ。
この場所に住むのはナターシャと、その娘であるキキラン。
魔王の座を降りたナターシャはキキランを産み、この場所へと移り住んでいた。この場所のことは、信頼していたスザクとフラン、現魔王であるノースにのみ伝え、長閑な隠居子育て生活を送っていた。
暫くの間は平和そのものの平穏な生活が続いていた。
毎日の厳しくも優しい育児の甲斐もあり、キキランは立派に成長し、一五歳を迎える頃には、魔界でも最強の集団と呼ばれるクオーツにも引けを取らない程度の強さになっていた。
「魔王、いるか?」
二人の住む小屋の扉がノックされる。強度の弱そうな木の扉が軋み、悲鳴を上げていた。
今でもナターシャのことを魔王と呼ぶのは、今ではただ一人。ナターシャが何度注意しても決して直ることはなく、既に諦めていた。
「ノースよ。いつも言っているではないか。そんなに勢いよく叩くと扉が────はぁ、そら見たことか」
扉は鈍い音をたてながら蝶番毎弾け飛ぶ。
ナターシャは頭に手を押さえ、ため息を漏らす。
訪問者の正体を察知したのか二階からドタドタと慌ただしく階段を降りる音が聞こえると、そのままノースの足元へと抱き着く。背丈の差はまさに大人と子供程の違いがあるだろうか。
「ノース、また稽古してよ!」
外部との接触を絶っている事もあり、この場に訪れるノースは、歳の離れたキキランの数少ない友達と言える存在だった。そんなノースに稽古をつけて貰っていた。
キキランの頭を強めにワシャワシャと撫でる。
「悪いな、今日は魔王と急ぎの話があってな。すまんが、稽古はまた次の機会にしてくれ」
「ちぇっ、つまんなーい」
キキランは、そそくさと小屋の外へ駆けていく。
ノースは時々前魔王であるナターシャの元を訪れ、相談や悩みを打ち明けていた。
ナターシャ自身もノースは我が子のような存在だった。
「普段無表情なお前にしては珍しい顔をしているな」
大きな溜息を吐く。
「茶化すな。先日から問題続きで頭が痛いんだ」
「お前のことだから没頭して睡眠を疎かにしてるんじゃないか。寝不足は正常な思考を鈍らせる。許す。ここで寝ていけ」
反論するノースを半ば強引にベッドに寝かせる。
最初は抵抗していたが、無駄だと判断したのか、素直に従っていた。
「私はなノース。他でもないお前が私の後を継いでくれて嬉しく思っているんだよ。単純な強さだけではなく、皆を思いやる優しさが必要だと私は思う。私の発案だったが、ただの脳筋が優勝しなくて良かったよ」
「決勝で俺と戦ったあの勇者はその為の布石か?」
「あぁ、ユキか。あれは本当に暇だと言うから参戦して貰ったんだ。魔族が最強だと思っているうつけ共の目を覚まさせる為にな」
「確かにあいつは強かった。互いが消耗していなく全快同士だったなら、勝敗は分からなかっただろう」
幾つかの会話を交えた後、ノースは眠りに落ちた。
ナターシャが密かに使用していた催眠の効果だとは知る由もないだろう。
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