第342話: 決着

 ノースと由紀が闘技台で熾烈な戦いを繰り広げていた。


「最高峰の拳闘士の拳は鋼よりもずっと硬いとは言うけど、どうやらアンタはそれ以上ね」

「人族にこれ程までの剣士がいたとはな、公式の場以外では戦いたくない」


 互いがその強さを認め合い、笑みを溢す。


「いつまでも戦っていたい気分だが、そろそろ終わらせて貰うぞ」


 ノースの身体が淡く光出す。


 《覇王の証》


 自身の身体能力を数倍に引き上げるノースの固有オリジナルスキル。一日に一度しか使えない制限はあるが、使用後のデメリットはない。


 対する由紀もニヤリと笑みを漏らすと、その華奢な体躯がバチバチと帯電する。辺りの小石がその紫電に触れ、弾け飛ぶ。


 《紫電》


 術者のスピードを大幅に向上させる勇者の称号を持つ者が扱える技。反動でまともに身体が動かなくなる為、早期に決着を着けないと敗北は必至だった。


 互いの視線が合ったのを合図に両者がその場から忽然と消える。

 光の残像のみが闘技台の上で錯綜し、衝突時の爪痕が闘技台へと刻まれる。

 この場で両者の動きが正確に見えているのは魔王を入れてもほんの一握り。それだけの高速の世界。

 互いが切り札を出したことで、この永遠に続くかと思われた勝負についに決着が訪れる。


 次に姿を現した時、両者は傷だらけのまま辛うじて立っている。そんな状態だった。


「はぁ⋯はぁ⋯アンタ中々やるじゃない。楽しかったよ」

「⋯⋯ぉ、お前と戦うのは二度とゴメンだな」


 二人はほぼ同時に闘技台へと倒れ込んだ。


 それから由紀が目覚めたのは数日後のこと。


「ここは⋯」


 見知らぬ天井、曖昧な記憶に由紀は混乱していた。


「私の寝室さ」


 ベッドに座り込み心配した赴きで由紀のことを見下ろしていたのはナターシャだった。


 決勝戦で気を失った由紀を魔王が保護し、介抱していた。


「迷惑かけたみたいね、ナターシャ」

「何てことはないさ、親友の為。あぁ、ちなみに私はもう魔王様ではなくなったから、魔王とは呼ばないでくれよ」


 由紀が気を失っている最中に一早く目覚めたノースが、今回の魔王選抜大会の勝者として認定された。他ならぬ魔王の意向もあり、すぐに魔王交代の儀が執り行われた。その催しに魔界全土で宴が催され、新しい魔王の誕生に皆が酔いしれたのは言うまでもない。


「そっか、やっと自由になれたんだね」

「そうでもないさ。寧ろこれからの方が大忙しさ。子育てという仕事にな」


 サキュバスであるナターシャは、遥か昔に夫である初代魔王アリオト様の子供をずっとその身に宿していた。

 夫の意思を次いで二代目魔王を引き継いだナターシャは、身篭っていた我が子を封印した。それは魔界の繁栄の為に尽力する為だった。

 見事にその役を果たしたナターシャは、自ら魔王の座を降りることになったのだ。


「ナターシャが、お母さんか⋯何だか似合わないね、本当に大丈夫?」

「見くびらないで欲しいな。我が子ではないが、こう見えて子育て経験はあるんだからな。その子も立派に育ってくれた。私の誇りだよ」


 幼少の頃に数年という歳月であったが、ノースを育てた経験があった。


「ユキは思い人はいないのか?」

「ないない。いないよ。あっちの世界では、まだ学生だったし、こっちに来てからは戦闘訓練しかしてないしさ」

「そうか。でも、勇者なのだから周りの男たちが放っておかないだろう。望めばどんな男だって──」

「私はいいの! この話はもうここまで!」


 由紀は赤面しながらナターシャの口を塞ぐ。

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