第336話: 引退
「本当に宜しかったのですか?」
魔王は魔界に侵攻し捕虜としていた者を全員地界へ送還した。
「ああ、ユキと約束したからな」
魔王と勇者は、あの後三日三晩寝るのも忘れて語り合った。スザクが止めに入らなければ永遠と続いていたかもしれない。
僅かな間ではあったが、まさに親友と呼べる間柄となった両者はまた会おうと約束し、別れた。
その後、侵攻によって破壊されてしまった爪痕の修復作業が開始された。魔王城も例外ではない。
暫くの間喉かで平穏な日々が訪れた。
それから5年の歳月が流れたある日、魔王ナターシャが幹部たち全員を一室へと召集をかけた。
この場には、元老院、部隊長、クオーツの上位三名、魔王の秘書役であるフランが召集されていた。
「一同が会したのは、あの5年前の侵攻以来だな」
「魔王様もお元気そうで何よりです」
「ゲンブよ。其方の働きは聞き及んでいる。管轄下の北エリアは、学業を念頭におき優秀な子らを何人も輩出しているそうじゃないか」
元老院の一人であるゲンブは、魔王より魔界の北側エリアの管轄を任されていた。
各々の裁量において、自由に統治を許されていた訳だがゲンブは他の元老院たちとは違い、武力ではなく知力を念頭に力を注いでいた。
学問を身につける為の学び舎を多数配置し、幼少の頃から勉学に励める場所を作っていた。
ナターシャが魔王になる前は武勇に優れる者イコール地位が高いという概念だったが、知性の高い者も地位の高い役職につけるという新たな実力主義を確立させたことにより、若者は武器ではなく筆を手に取る者が増えていった。ゲンブは魔王の意図を組み優秀な人材を育成し、他のエリアから圧倒的な大差をつけて知力の高い者が職に付ける高官を輩出していた。
「勿体なきお言葉です。全ては魔王様の御心のまま」
「うむ。さて、全員揃ったようだな。本日は忙しい所召集してすまぬ。大事な要件があったのでな」
全員に緊張が走る。
それは、ここにいる誰もが何も伝えられていなかったからだ。普段ならば、軍議などで緊急召集される場合、何かしら事前に一報があるはずだった。
「私、ナターシャは魔王の座を降りることにする」
突然の引退宣言に場が一瞬騒然とするも、すぐに静寂を取り戻した。
一番衝撃を受けていたのは長年秘書役を担っていたフランだろうか。一番近くに居ながら魔王は一切そんな素振りを見せていなかったからだ。
恐る恐るフランはその理由を問う。
「理由をお聞かせ頂いても?」
「もしや、お身体の体調が優れないとか⋯」
「ビャッコよ、それは不敬だぞ」
「気にするな。体調はすこぶる快調だぞ。お前たち全員を相手にしてもまだいい勝負が出来るとは思うぞ」
「では一体どのような⋯」
再び場が静寂に包まれる。一言一句聞き逃すまいと皆が耳を向けていた。
「理由か。理由は至ってシンプルだ。それはな、余生で子作りがしたいのだ」
一人を除いては自分の耳を疑った。
冷静沈着のスザクが立ち上がる。魔王のこと以外にはと言ったほうが正しいのかもしれない。
「そ、それは一体どう言うことなのでしょうか⋯」
「何をそんなに驚いている。お前には話していなかったか? 私のお腹には〇〇様との子が宿っている」
三度の衝撃の事実に場が騒ついた。
「本当ですか! それは存じませんでした。いや、おめでたいですよ」
「こんなに驚いたのは久し振りですな。魔王様、お祝い申し上げます」
何故だか皆が立ち上がり拍手のコールとなったが、アルザスは一人残念そうに下を向いていた。
「ありがとう。それと急な話になって皆には迷惑を掛ける」
突然の魔王の引退宣言に誰も異を唱える者は誰一人としていなかった。
このまま次の議題に話は変わっていった。
それは、誰が魔王の後を継ぐのかだ。
三代目魔王をどうやって決めかの方法に様々な案が出されたが、結局一番最初に魔王の出した案で皆が一致した。
魔王は最も強い者がなる。至極当然のことだった。
「魔界全土に知らせよ。8日後に魔王選抜大会を執り行う」
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