第335話: 魔王と勇者

「聞いていた話と違うな。逃亡者は一人だと思っていたが、そんなことよりも⋯⋯」


 スザクは目の前の人族に驚きの感情を抱いていた。


 魔族で最高戦力と言われているクオーツの中でもナンバーワンの実力者であり、且つ剣の使い手であるアルザスと剣で互角維持に渡り合っていたのだから。

 他の勇者一行のように弱体化や特殊な能力を使用している訳ではない。目の前の女性は魔族の彼等からしても明らかに強者と呼ばれる部類にいたのだ。


 二人は互いに笑みを浮かべる。


「中々やりますね。これだけ動いたのも久しぶりさ」

「あっそ。この程度、まだまだ本気じゃないんだけど」


 由紀はふぅーっと息を吐く。


 先程とは違い、由紀の身体の表面がバチバチと帯電したかと思いきや、先程とは段違いのスピードでアルザスへと斬りかかる。

 そのあまりの速さにアルザスは攻めを諦め防御に徹していた。あの速さではまともに反撃することは難しいだろう。私ですら動きを目で追うのが精一杯だ。狂化を使えば⋯あるいは対抗出来るのかもしれないが、奥の手はなるべく使いたくはない。


 1vs1ならば勝てなかったかもしれないな。


 純粋な力で我々と並ぶ程の者が人族に居たことを真摯に受け止める必要がある。

 それに比べれば、連れの賢者は大したことはなかったな。苦労せずに無力化出来た。元より片腕相手に遅れを取るはずもない。色々と布石を張っていたようだが、そんなものは無駄だ。こちらには優秀な人材がいるのでな。


 アルザスに加勢したゲンブとビャッコが由紀の動きを封じる。二人の複合魔術精神干渉だ。


 動きを阻害されつつも抵抗を続ける由紀だったが、次第次第に追い詰められ、最終的にはアルザスが武器を取り上げ彼女を拘束する。由紀は地面に這いつくばりながらも踠き抵抗を続ける。


「卑怯な⋯正々堂々勝負しろ!」


 彼女は正しい。だが、状況が状況だからな。悪く思うな。


「安心しろ。抵抗しなければ命までは取るつもりはない。武器も返そう」


 その後、賢者は他の者を捉えていた場所へ運び一緒に捕虜とした。

 強者の彼女は魔王様の元へと案内する。と言うのも彼女が「魔王様へ合わせろ」と言って聞かなかったからだ。報告ついでにそのことを魔王様へ伝えると魔王様自身も是非にと希望していた。


「失礼のないようにな」


 私は魔王様の待つ仮の魔王城、玉座の前へと勇者ユキを案内する。

 今回の侵攻により魔王城が瓦礫と化した為、復興まで仮の魔王城として200年前まで使用していた初代魔王城があてがわれた。


「良く来たな」


 この場には魔王様、私スザク、勇者ユキの三人だけだ。魔術で厳重に拘束しているとは言え本当ならば護衛をもう三人は配置したかったのだが、魔王様から一蹴されてしまった。


「私が魔族たちの長で魔王を名乗っているナターシャだ」


 魔王様が初対面の相手に名を名乗るのは珍しい。私がお仕えするようになってからも数回程度しかない。


 由紀は第一声からとんでもないことを口にする。


「お前を殺せば私は元の世界に帰れるのか?」


 薄らと漏れた殺気に私は思わずユキを地面へと押し倒し、その首元に切っ先を向ける。


「良い」


 この状況に私以外の二人は全く動じることなく、冷静さを保っていた。


「堅苦しい礼節は好まぬ。名を聞かせてくれぬか?」


 由紀は口を閉ざしたまま暫く魔王を睨みつけていたが、その紡いだ口を開く。



「姫宮⋯⋯私の名前は由紀よ。魔王さん」

「ユキ。其方の質問だがな、意味がよく分からぬ。元の世界ということは、其方は別の世界から来たのだな」


 ユキはスザクの方に視線を送る。


「二人きりで話がしたい。あいつは邪魔」

「良かろう。スザク、私が合図するまで暫し下がっておれ」

「いえ、ですが⋯」

「問題ないと言っている」

「はっ、失礼しました!」


 謁見の前からスザクが出て行き、この場には魔王と由紀の二人だけとなった。


「さて、これで邪魔はいなくなった。其方⋯ユキのことを話してくれるか?」


 由紀は、これまで押し込めていたものを吐き出すように、この世界に勇者として呼ばれ捨てられ、必死に生きる為に戦い強くなった今までの経緯を語り出した。


 魔王は由紀の言葉を頷くように聞いていた。

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