第334話: 姫宮由紀

 姫宮由紀と呼ばれた少女は、異世界から来訪せし勇者だった。


 魔族の侵攻により、ガゼット王国並びに勇者の消滅に功を焦った人族たちは、戦力の確保に躍起になっていた。ある国は獣人族と同盟を結び、ある国は魔族よりも強者と位置付けられていた龍種との接触を試みたりと様々だった。その中でもガルディナ皇国、後のバーン帝国は古の禁忌と呼ばれる方法を取る決断を下した。


 それが勇者召喚の儀だ。


 姫の称号を持った者を生贄にし、膨大な魔力と引き換えによって行われる儀式に永きに渡り禁忌とされていた勇者召喚の儀。それを取り行う決断を下したガルディナ皇国の皇帝は、姫の称号を持っていた自らの娘を生贄とし勇者召喚の儀を執り行った。


 それによって召喚されたのは、まだ年端も行かない少女だった。


 過去の文献でしか知らない人々は儀式が成功したのか失敗したのかすら分からなかった。

 しかし、皆が想像したのは逞しいまでの肉体と武勇に秀でていそうな容姿だった。

 鑑定アナライズで見た彼女のレベルは僅か7。

 だが、そんな彼等の前にいたのは10歳そこらの華奢な少女だった。

 儀式の前は皆歓喜に満ち溢れていたが、今聞こえて来るのは落胆した声ばかりだった。


「ここは、何処⋯?」


 しかし、大切な自国の姫の命を犠牲にしたのだ。失敗などはあってはならない。


「勇者様、ようこそお越し下さいました」


 ガルディナ皇国第二王子であるアルフレッドが頭を下げると周りにいた者たちも連れるように皆頭を垂れる。


 置かれている状況に困惑する由紀に、ここが元いた世界とは全く違う場であること、魔王を討伐する為に呼ばれたことなどを説明されたが、到底すぐに理解することなど出来ず、何日も用意された部屋に引き籠るようになってしまった。


 それから数ヶ月の後、魔王を倒せば元の世界に戻れるという神官の言葉を信じ、鍛錬に励む日々が続いた。

 もともと華奢な体付きだったこともあり、周りの者は彼女が勇者になれる器だと信じていたのは半々程度だった。

 それもそのはず。

 彼女は血の滲むような訓練を毎日行なっているにも関わらずその成長度合いは必ずしも早いとは言えないものだった。

 一年が経過しても兵士たちと比べて見劣りがない程度だったのだ。周りが期待していたのも大きい為か、落胆する声があちこちで挙がり一人また一人と彼女の元から去っていった。


「がっかりですな。英才教育させてあの程度の技量では、勇者とは程遠い」


 宰相であるネフュラムは定期的に皇帝へと由紀に関して経過報告していた。

 一向に進展の見られない皇帝陛下自身も既に彼女のことは諦めており、次なる勇者召喚の儀の計画を企てていた。


 それから更には一年が経過した頃、由紀は人知れずガルディナ皇国を後にする。

 身の危険すら感じるようになり、満足に睡眠も取れなかったのが大きな要因だった。


 それから三年の月日が流れ、ガルディナ皇国は二度目の勇者召喚の儀を執行した。

 しかも今回は三人同時だったのだ。

 生贄とされたのは周辺の小国家の姫たちだ。

 息子たちに嫁がせるなどと嘘の話を持ち掛け、まんまと手に入れた花嫁をそのまま生贄に差し出したのだ。

 それを知るのは、皇帝以下側近と親族たちのみだった。

 訃報の知らせとして魔族にでも襲われたと適当に相手方に説明する。


 そうして醜い犠牲の上に召喚されたのは、勇者の称号を持った相模原健一、賢者の称号を持った海堂祐二と拳聖の称号を持った如月三奈の三人だ。

 由紀の時とは違い、召喚された時からこの世界の英雄級とされる50超えだった三人に周りは大いに期待した。


 苦しい鍛錬が身を結んだのは更に数年が経過した頃だった。

 由紀はいつしか勇者の称号を得てそのレベルも70を超えていた。

 そんな折、魔界侵攻を遂げる為に旅していた勇者一行と出会う。

 由紀本人は同じ境遇である彼等に対して特に思い入れはなかったが、彼女が思うことはただ一つ。


 元の世界に帰りたいという願いだけだった。


 その目的の為には一人で行動するよりも共通の目的を持った者たちと共にした方が実現する確率は上がると判断した由紀は、勇者一行と行動を共にすることになった。何より、異世界人同士話が合ったのも大きいのかもしれない。


 由紀の力は圧倒的だった。


 勇者一行ともてはやされ、召喚された際に身につけていた能力に過信しろくな鍛錬を積んでいなかった彼等とは一段階も二段階も強さの次元が違っていた。

 それは、他でもない健一たちが一番実感していた。

 魔界への入り口をみつけすぐにでも突入する手筈だった彼等だが、由紀を師と仰ぎ特訓をする運びとなった。

 僅か数ヶ月という間だったが、成長した勇者一行は由紀と共に魔界へ乗り込むのだった。

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