第330話: 勇者の逆襲

 こうやって、安全な場所でただ椅子に座って報告を待っていることしか出来んとは⋯。

 本当ならば、いの一番に戦場に向かいたい。


「魔王様、今は耐えて下さい。皆を信じましょう」


 全く、フランには全てを見透かされておるような気がするな。


「そうだな。戦況の連絡はまだ入っておらんか?」

「まだですね」


 待つことがこれ程までに辛いことだとはな。

 第一転移門だけはアリサにその映像を映し出してもらっている為、大まかには把握出来⋯⋯いないぞ。奴の姿が何処にも見えない。


 一番注意しなければならないのは、異世界より来た勇者だ。その姿が先程までは確認出来たが、今は見えない。


「アシュリー。第一転移門奪還班に連絡は取れるか?」


 同じ魔界にいる場合は念話での連絡は可能だが、地界にいる場合とシリュウの結界内は念話が使用出来ない。アシュリーは、念話の上位スキルである心話を保持しており、それを通じて会話することが出来る。


「はい、すぐにリーダーのスザク様に繋げます」

「相手側の総大将である勇者の姿が視認出来ない。そちらで確認出来るか?」


 暫くアシュリーの返事を待つ。


「スザク様たちは、先程第一転移門奪還に成功したようです。勇者らしき人物は見ていないとの報告です」


 地界に舞い戻った訳ではないとするならば、一体、何処に消えたのか。


 嫌な予感と言うのは良く当たるものだ。


 その時、近くで爆発音がしたかと思えば、地面が大きく揺れた。


「な、何事だ!」


 この地響き、ただ事ではない。

 しかし、ここにいる全員はその原因を把握しているはずもなく、外へ出る者や念話で外部とコンタクトを取る者と様々だった。


「ど、どうやら魔王城の城壁が何者かに破壊されたようです!」


 何だと、一体誰が何処から⋯。考えられるのは消えた勇者か。


 その時だった。

 窓の外が眩い程に光り輝く。


「魔王様ぁぁぁ! お逃げ下さいぃぃ!」


 誰かが叫ぶ声が聞こえるが、無情にもその音は直後に襲って来た巨大なエネルギー砲によって掻き消された。


 それは、勇者の単独による魔王城襲撃だったのだ。

 魔王城は一瞬で瓦礫の山と化す。


 勇者が使用したのは、聖剣を犠牲にすることで発動可能な聖なる大槍セイクリッドジャベリン。光り輝く巨大な槍が魔王城を一撃で破壊してしまったのだ。


「皆、無事か⋯」



 瓦礫の中、魔王は生きていた。

 着弾の瞬間に障壁を展開し、周りの仲間たちを救っていた。

 その瓦礫を除去し、這い出た先に待っていたのは、変わり果てた魔王城の姿だった。


「やはりこの程度じゃ倒せないかあ」


 一瞬で瓦礫の山となった魔王城跡を眺めながら犯人と思われる人物が数名の魔族に囲まれていた。


 あのヘラヘラとチャラそうな格好をしている彼奴が勇者か。何とも勇者とは似つかわしくない格好じゃな。

 それよりも今の攻撃で何十人が死んでしまったのか⋯。


「まぁ、どうせ倒すならやっぱり正々堂々やらないとね、物語の勇者ならさ」

「貴様は何を言っているのだ。この場から一歩たりとも逃す訳がないだろう」


 勇者を囲っていた四人が発動したのは、複合魔術炎陣乱舞だ。

 逃げる間すら与えられず灼熱の業火が勇者を襲う。

 勇者は堪らず悲鳴を上げ、その場へと崩れ落ちる。

 黒焦げは必至だろう。


 しかし、次の瞬間。囲んでいた四人の首が宙を舞う。

 何が起きたのか分からずそのまま四人は絶命してしまった。


「馬鹿な! 動きは封じていたはずだ!」


 五人目は、拘束の魔術を使用していたにも関わらず、勇者はそれに抗う。


「はははっ魔族も大したことないねぇ」


 笑いながら五人目の首を飛ばす。


「楽しそうね、私も混ぜてくれるかしら」


 勇者の前に立ちはだかったのは、フランだ。


「へぇ、魔族の中にはこんな別嬪さんもいるのか。いいねぇ。俄然やる気が湧いて来たぜ」


 フランは距離を置き、一メートル級の火の玉複数個を一瞬で生成すると、そのまま勇者目掛けて放つ。

 勇者は先程と同様に避けるでもなく、そのまま被弾する。


 爆炎と粉塵が舞い上がったことにより勇者の姿を確認することが出来ない。

 フランは相手が何処から現れてもいいように警戒を怠ってはいなかった。

 しかし、次に気が付いた瞬間、勇者が自分の腹部を易々とその拳で貫通していたのだ。


「な、なに⋯」


 フランには何が起こったのか見えなかった。


「勿体ないが、このまま真っ二つにしてや────」


 何者かが目にも止まらぬ速度で勇者を殴りつけた。

 勇者は、後方へと弾き飛ばされるもすぐに体制を立て直すと一回転し、地面へと着地する。


「ま、魔王様⋯。す、すみません⋯」

「喋るな。今傷を塞ぐ」


 薄緑色の光がフランの腹部辺りで光り輝く。

 魔王の使用したそれは、一般的な治癒ヒールではない。唯一魔王の称号を持った者が使用出来る魔癒と呼ばれる回復手段であった。


 直後、爆発音がしたかと思えば、勇者が二人の目の前へと現れた。


「なんだぁ、また可愛い姉ちゃんが現れやがったな」

「フランは下がっておれ」

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