第324話: 魔族大行進

 アヴィエルたちを止める事が出来なかった。

 今からでも遅くはないか? いや⋯身体がそれを拒絶する。彼に言われたことが的を得ていたからなのだろうか。


「ナターシャ様。あまりお気になさらず。あいつらが自分の意思で出て行ったのです。身を案じる必要はございません」


 新世代の彼等は、事あるごとに地界にいる種族を根絶やしにしたいと言っていたな。恐らく念願の地界に渡った彼等は、見境なしに破壊の限りを尽くすだろう。だが、私にそれを止める権利があるのだろうか?


「スザク、アルザス。頼みがある」


 二人がナターシャの前で頭を下げ跪く。


「彼等の動向を見守って欲しい。手出しは無用だ。見聞きしたことをありのままに報告してくれ」


 二人は顔を見合わせ、頷いた後にアヴィエルたちを追って転移門へと消えた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アヴィエルは全員を前にしていた。


「まずはそうだな、手始めにこの近くの都市を占領して我等の脅威を地界の者共に知らしめてやろうじゃないか」

「住民たちはどうしますか?」

「捕虜など必要ない。全員始末しろ」


 先行して偵察に向かっていた者の情報によると、ここから10km程北に進んだ先に港町があるそうだ。


 港町クヴェリ。

 大陸間の玄関口の一つで、多くの人々の往来があった。しかし、あくまで通行する為の港町であり、警備隊もおらず、冒険者も往来者に紛れている程度だった。

 アヴィエルたちは何の前触れもなく、クヴェリへと侵攻し、僅か数時間足らずでその全てを掌握してしまった。クヴェリ自体に戦える者がいなかったことも早期に陥落した理由の一つだが、魔族である彼等の力は圧倒的だった。住民たちは逃げる間さえ与えられず皆殺しにされてしまった。

 それでも、間一髪脱出に成功した数人の者たちが、すぐに事の顛末を海を渡った先にある港町カームベルグへと知らせた。


 瞬く間にこの事件が近隣諸国へと知り渡り、全世界へと知れ渡るのにさほど時間は掛からなかった。

 後にこの事件のことを''魔族大行進''と呼ばれれる最初のきっかけであった。


 その後、アヴィエルたち魔族の軍勢はクヴェリを拠点とし、近隣諸国との戦争を開始した。

 最初は小競り合いが続いたが、並の冒険者や一介の騎士では何人集まろうが彼等の前には児戯に等しく、事件を重く見た近隣諸国の代表者たちは、この問題を打開すべく緊急会合が行われた。

 普段ならば啀み合っている彼等であったが、簡単な話、敵の敵は味方なのだ。共通の敵を共に打ち倒そうと休戦協定を結んでいた。

 ここに近隣諸国の合同による掃討作戦が開始された。

 上級冒険者たちや武器を手にした騎士団その数2万人。この戦力を持って、クヴェリを攻め落とすべく敵地へと赴いた。

 翼を持つ魔族相手に海上戦は不利と見た連合軍の指揮官のザリューは、左右からの回り込みと時間差で海上からの三方からの挟み込みでの進軍作戦を選んだ。


「おーおー、敵さん一杯来られたで、どーするよアクマスの姉御」


 クヴェリの左翼陣の担当を任せられたアクマスは、魔術に秀でており、今回の地界掃討作戦の幹部として抜擢されていた。


「アヴィエル様のご期待に応えて見せるわぁ。新世代の大魔術師と呼ばれた私に掛かれば者の数など無いに等しいと証明するのよ! 全員、私の合図で魔術を発動して頂戴ねぇ」


 彼等魔族には、離れた仲間と連絡を取り合う念話という術を持っていた。故に離れていても不自由なく連絡を取り合うことが出来る。

 敵の進入先の更に後続に控えていたアクマス部下が頃合いを見計らい、樹海の森に火を放つ。

 まずは退路を叩いた。次いで、移動してきた船に火を放つ。後続で騒ぎが起き、それを見た前線が困惑している所への全面からの複合大魔術。


 魔術師数人がいて初めて行使可能な複合魔術の一つ。


 《乱流大炎海ボルケーノウェーブ


 炎の波が次から次へと襲い掛かり、一帯は火の海となった。こんな規模の魔術など見たことがない人族たちは、成す術なく撤退の選択肢を余儀なくされた。しかし、逃げ道などなかった。退路は既に火の壁で囲まれ、全滅に近い形までその数を減らされていた。

 左部隊に所属していた勇者パーメラは、最後まで足掻いて見せた。彼女の傍には、魔導師の称号を持っていたシュエリが控えていた。

 炎の道を退け、僅か数十人足らずではあったが、魔族の占拠するクヴェリを目前まで捉えていた。

 しかし、そんな勇者たちを待ち受けていたのは、杭に貼り付けにされた人族たちであった。

 港町の住人か、はたまた近隣から拐ってきた者たちであろうか。卑劣極まりない行為に動揺している隙を狙い、暗殺に長けた魔族の一人がまずはシュエリを手に掛ける。それに逆上した勇者パーメラを魔術により拘束し、その首を斬り落とした。

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