第321話: 新世代の反乱

 魔界暦876年。


 魔界暦とは魔界へ移住した日からの年数を表していた。即ち、ナターシャが魔王となってからの年数でもあった。


 この年に魔族たちを揺るがす大事件が勃発する。


 それは新世代の反乱だった。


 反乱の要因となったのは、魔界全土で問題となっていた食糧難が引き金だった。年々それは深刻な状況に陥っている。

 当然ながら、打開すべく私はすぐに動いた。地界へ居た頃の知識を生かし、栽培や養殖など考えられるありとあらゆる手段を講じた。

 しかし、結果的にそのどれもが失敗に終わってしまった。魔界の大地にいくら種を撒こうが芽吹かず、苗木を埋めようが枯れてしまう。養殖に至っても半刻と待たずに死滅してしまうのだ。

 この異常事態に学者たちの調査が行われた。分かったことは、当然のように大気中に含まれている多量の魔素がこれらに悪影響を及ぼしているというものだった。

 魔素は我々魔族にとっては欠かせないものだが、ひ弱な生物などには有害な毒素となってしまうことが分かった。

 故に、この地での食糧調達もとい自給自足が出来ないという結論が下されてしまった。


 最悪、魔素だけあれば生きられないことはない。だから今までこうして生きてこられたのだ。

 しかし、近年生まれてきた子らに限っては魔素だけでは栄養不足で体調を崩してしまうケースが出て来てしまった。早急にこの問題を解決する必要があった。


「魔王様、いい加減決断して頂きたい」


 円卓の席において、定期的に開催されている魔族会議。魔界においての最高決議機関であり、主に国家レベルの議題などを取り扱っていた。

 この場には各地から九人の代表が顔を揃えていた。

 今日もそこで魔王であるナターシャは、頭を悩ませていた。


 議題の内容は、地界への侵攻の是非だ。


 近年の研究により、件の時空の畝りが地界へ通じていることが確定したのだ。それは極秘裏に行われていた何度かの調査隊の報告によるものだった。

 通じていた先は大樹海バアムと呼ばれている神聖とされてあまり人が足を踏み入れていない古代の土地だ。近隣住民の話によると、そこには昔から守神が樹海を彷徨っていて、侵入者を排除するというものだった。

 当時の惨劇を知る者は、皆が守神なる者の姿が脳裏を過ぎる。


 あの時、我々魔族に激震を走らせた化け物だと。


「すぐそこに豊かで恵まれた土地があるんだぜ。行って奪わない手はなぜ」


 魔界へと移住してから生まれた新世代の子らは地界のことは知らない。我々魔族が地界への生存権からここ魔界へと逃げ延びたことは、旧世代だけの秘匿情報としていたのだ。

 新世代の彼等は、まだ若いと言うこともあるのか、血の気の多い者が多く、やや交戦的な傾向が見られた。

 そんな彼等は、貧しいとまではいかないまでも、何も生み出せないこの大地での食糧難からの脱却を図りたいと願っていた。


 最近に至っては、その流れに同調するかのように旧世代の中にもその案に賛同する者が現れ、同議案3回目の会議において、ついに地界への侵攻が可決された。

 侵攻と言う名目ではあるが、実際は豊かな土壌を確保し、地界においての魔族の拠点構築だった。


 時空の畝で降り立った場所で拠点が広げれれば良かったのだが、この大樹海バアムには件の化物が存在する。あいつの恐ろしさを知っている者からすれば、二度と敵対したくはないだろう。


 第一回目の大規模侵攻で拠点となる場所を見つけ出し、二回目、三回目で少しづつ拠点構築が行われていった。

 その際、何度か地界の者との交戦があった。

 幸い、こちらに被害はなかったがこの対応が後の人魔大戦の引き金となってしまった。



 地界侵攻が開始され数年が経過した。

 魔界の暮らしは一変していた。地界から催される豊かな恩恵は大きかったのだ。

 狩猟した獲物の肉や近郊で取れた魚介、農作物など僅か数年で魔界全土へと行き渡り、新世代、旧世代共に今ではなくてはならない物へとなってしまった。


 そんな折、緊急の伝令が私の元へと届く。


「地界の第4拠点からの定時連絡が途絶え、確認に赴いた所、全滅していたとの報告が入りました」

「なんだと⋯」


 現在、地界の拠点を全部で6カ所展開していた。

 その一つが何者かによって、全滅させられてしまった。


 犯人は分かっている。

 最近小競り合いを続けていた人族の全滅部隊だろう。

 それぞれの拠点には、非戦闘員は勿論だが、それなりに武芸に秀でた者を護衛として配置していた。それを負かしてしまうのだから、中々の手練れなのだと推測出来る。

 その一報を聞き、皆の反対を押し切り、私は地界へと渡った。

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