第320話: 2代目魔王ナターシャ6
体長は十mはあるだろうか。
目の前の化物は、こちらを警戒しているのか、睨みつけるだけで、その場から動こうとはしなかった。
相手の強さが分からぬ以上、無闇な攻撃は逆効果の恐れがある。
それに⋯⋯。どう見てもスー殿は死んでいるのではないのか? ピクリとも動く様子がない。
痺れを切らした二人が化物へと飛び掛かる。
「スーさんを離しやがれぇぇ!」
化物の目が赤く光ったかと思えば、その動きは圧倒的だった。目ですら追うことは叶わず、気が付けば飛び掛かった2人が血を流して倒れていた。
あまりの迫力故、
名前:ジャイアント・フルグリ
レベル??
馬鹿な⋯ありえない。
名前以外見えないと言うことは、私よりもレベルが高いと言うことか?
今の私のレベルは六十三だ。それ以上となると、我々魔族には魔王様とスザクしかいない。
スー殿も確か私と同程度だったはずだ。
む、無理だ。当初の目的であるスー殿の救出を成し遂げられなかったのだ。ここは、撤退の選択肢しかありえない。そんな選択を選んだ私を魔王様も罰っしはしないないだろう。
私が撤退の合図を出そうとした瞬間だった。急に化物が奇怪な雄叫びを上げた。
雄叫びが凄まじい衝撃波となり、周りの全てを破壊する。
大地が抉れ、咄嗟に上空へと避難した者以外は、かなりのダメージを負ってしまったようだ。私は運が良かった。
「撤退だ! 負傷者を回収し、すぐに撤退しろ!」
くそがっ⋯
自分で言って笑えてくる。あの素早い動きを避けつつ、全員無傷で撤退するなど、不可能に近かった。誰かが時間を稼ぐでもしない限りは無理だ。
下へ目をやると膝がガクガクと震えていた。
部隊指揮として、私が⋯私がやらねば──。
「はよ、逃げえええっっ!」
戦音飛び交う戦場で、透き通るような声が響き渡った。
この独特な喋り口調は、聞き間違うはずもない。
全員が声のした方へと視線を送る。
いつの間にか化物の巨大な右腕が切り落とされていた。
スイは片腕の身でありながら、あの化物を翻弄していた。
「っスイ様!」
叫んだのは、同じクオーツに所属していたルーナだった。そんなルーナにスイは優しい笑顔を送る。
「はよう、みんな連れて逃げてや。時間はあたいが稼ぐさかい。それと魔王様に伝言を頼むわぁ」
一番近い場所にいたルーナだけが、スーの最期の言葉を確かに聞き止めた。
その時、ルーナは確かに見た。夥しい量の血を流していたスーの姿を。あれでは絶対に助かるはずがないと思える程に。
この時スーは自身のみが扱える
《
死に瀕した際に爆発的な能力の向上を図る。向上具合は己自身が判断し決定する。上限値に合わせてその寿命を削っていく。
スーは、この時自身の残りの寿命全てを賭すことを選択していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「それが、スーの最期の言葉か⋯」
スーの時間稼ぎにより、辛くも全員帰還を遂げた突入部隊は時空の畝りの中で起こった出来事を報告していた。
ビャッコは自身が最後に時空の畝りを出る際、確かに見ていた。
ボロボロになりながらも時間稼ぎを続けていたスーが、不意にその動きを止めたのだ。それは限界が来たのではない。全ての力を出し切り己が役目を果たしたスイの心臓が止まった瞬間だった。誰も伺うことは出来ないが、その口元はやってやったぞと言う現れからかニヤリと歪めていた。
スーは、動きを止めた無防備な状態のままゴリラの化物に食べられた。
「そうか、あやつは皆を守ることを選択し、一人逝ったのだな」
リステルシアやスーを慕っていたクオーツの仲間たちが泣きながら崩れ去る。
「魔王様、少し宜しいでしょうか」
スーの最期の言葉を聞いていたルーナだった。
ルーナはスーからの伝言を魔王へと伝えた。
「そうか⋯。あやつめ、一人死ぬなど、私が⋯悲しむから許さぬと言っておったのにな⋯」
魔王は天を仰ぎ、後ろを向いて歩き出す。
「⋯スザク、後は任せるぞ」
魔王たるもの、一時の感情に左右される訳にはいかない。
この時、魔王は大粒の涙を流していたのだ。
その後、時空の畝りには何重にも結界が張られ、厳重管理されるようになった。
それから更に数百年の安寧の時が流れる。
魔族たちも、居住企画をこの広い魔界全土へと拡げていた。
そして、新たな体制を構築した。
それは、魔界を均等に4分割し、それぞれ東西南北を管轄する四人の元老院を配置した。
それぞれが管轄する地域では、最高権力者である元老院が魔王に次いで権力を担う形となった。
彼等元老院は権力だけではなく、実力も魔界トップクラスと言われていた。
魔王であるナターシャの側近をしていたビャッコが西を。同じく側近を務めていたスザクが南を。東をこの年開催された魔界全土から参加者を募った武術大会に異例の若さで優勝した武人、セイリュウが担当し、最後の北を旧世代の頃から裏で暗躍していた諜報担当責任者であったゲンブが担った。
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