第318話: 2代目魔王ナターシャ4

 私がアリオト様から魔王の座を託され、五百年余りが経過しようとしていた。


 魔界はというと、順調過ぎる程に発展し、地界で言うところの国にあたる機関もいくつか創られた。

 

 しかし、ここに来て大きな問題が起こってしまった。

 それは、増え過ぎる人口問題の影響で、食料問題が発生してしまったのだ。


 魔族は、他種族程に飲食を必要としない為、これまでは何とかやりくり出来ていたが、流石に当初より百倍近い人口増加に何かしらの対策を打たねばならなくなってしまった。


「お邪魔するんよ」


 ノックもせずに私の私室に入って来たのは、長い狐の耳をしたリグウェル・スー。


「何の用? 生憎と私は忙しいんだけど?」


 私は何を考えているのか分からないスーのことが苦手だった。悪い子ではない。むしろ己の保身だけを考えている周りの輩に比べれば好ましいのかもしれない。

 それに、実力もあるしね。

 魔族の最強部隊クオーツのNo.1実力者でもある彼女は、主に私専属で色々と裏方の任務を遂行して貰っていた。


「そないな連れんこと言わんといてな。こないだの依頼の報告に来たんやさかい」

「もしかして何か掴めたの?」

「せやせや。三日三晩不眠不休で探し回ったんや。少しは労ってくれても罰は当たらんと思うで」

「労いは後よ。それより、ソイツの正体は何だったの?」

「一言で言うなら、蜥蜴のような化けもんやったわ。中々強かったで」


 私がスーに依頼をしていたのは、辺境の村が一夜にして何者かに惨殺される事件が起こったことへの調査だった。

 犠牲となった者は、鋭い傷跡、喰い散らかされた悲惨な状態だった。その惨状から同族の行いではないことは明らかだったが、本来魔界には我々魔族以外の種族はいないとされていたこともあり、その正体を掴むべく手練れのスーに依頼を出していたのだ。


「やはり、魔物が入り込んでいたのか。しかし、一体どこから⋯」

「それなんやけどな、そいつを倒した場所から少し離れた所にな、奇妙な時空の畝りみたいなもんがあってん」

「時空の畝りだと? まさかそれは⋯」

「そのまさかや。中に入ってびっくり仰天。なんとな、外の世界に繋がってたんや」

「ちょっと待てスー、そんな得体の知れないモノの中に飛び込んだのか。全くお前は⋯。もしものことがあればどうするんだ。お前がいなくなれば私は悲しいぞ」

「あれ、あれえ? おかしない? すんごい発見したのに何かウチ説教されてない?」


 はぁ⋯。何事もなかったのは運が良かったのだろうか。

 それにしても、時空の畝り、外の世界か。外の世界と言うのが、地界なのか、はたまた別世界のことなのか、調査する必要がありそうね。

 しかし、このことはまだ公には出来んだろうな。皆を動揺させてしまうのは避けたい。少なくとも今はまだ。実態を調査をしてからね。


「スーよ。このことは内密にしておいてくれ。それと、明日その場所に案内頼むぞ。早急に調査が必要だからね」

「ウチの仲間を待機させとるさかい、何かあればすぐ報告するよて、そんな心配な顔せんでええよ」


 そんなに顔に出ていたのだろうか。

 魔王たるもの。常に堂々とした立ち振る舞いをと。よく側近に説教をもらっていたな。反省しなければ。



 次の日の朝、私は側近のスザクとその部下、スーと一緒に時空の畝りの場所を訪れていた。


 時空の畝りと言う表現が適切かどうかは不明だが、目の前にあったのは、紫色に輝く歪な形をした鏡だった。異様な光景なのは、その鏡の前には異形の者と思われる何かの骸が転がっている点だった。


「あ、魔王様、どうもっす! スー姐様もおはようっす」

「うむ、ご苦労。状況を説明してくれ」


 スーの部下であるリステルシアは、一晩この場で見張りをしていたが、途中この鏡が眩いばかりの光を放ったかと思えば、中から骸骨の戦士が出てきたそうな。


「酷いんすよ。出て来て視線が合ったらイキナリ斬りつけて来たっすよ! でも、返り討ちにしちゃったんですけどね」


 リステルシアはテヘッと可愛く笑う。


 この鏡のような何かがやはり別の場所と繋がっていると見て間違いないようね。


「先に中を確認してきましょうか」


 スザクが私の前へと歩み出る。

 立場上、私の身を第一に考えなければならない彼の行動は当然だった。


「スザクはんが行く必要ないんよ」


 言った途端、スーはまるでゲートでも潜るように時空の畝りの中に入ってしまった。


 全くあやつは⋯


「あははっ、どうかスー姐様を叱ってやらないで下さいっす。姐様は、魔王様をすごくすごーくお慕い申しているっす。いっつもなんて、魔王様は凄いだとか、こういう所に憧れるって話ばっかりなんすよ。あんな性格だから勘違いされがちなんすけどねー」

「見くびるでないさ。スーが私を慕ってくれていることくらい、分かっているよ」


 暫くスーの帰りを待っているが、一向に戻って来る気配がなかった。


「流石に遅いっすね。ちょっと様子を見てくるっす」


 リステルシアがスーを追い、中へと入った。


 そして、数分もしない内に血だらけになったリステルシアが何かを抱えて飛び出てくる。


 前にいたスザクがそれを受け止める。


「どうした! 何が──」


 血だらけのリステルシアが掴んでいたのは、右手だった。

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