第317話: 2代目魔王ナターシャ3

 私の前に跪くのは、まだ赤児を抱えている両親だった。


「面をあげよ」


 その顔は、僅かながらに恐怖しているのが見て取れる。

 当然のことながら、忌み子のことは魔族であれば誰しもが知っている。その扱いに関しても容易に想像はつくだろう。普通ならば忌み子は処分される。当たり前だ。過去にすぐに対処しなかったが為に多大な犠牲を払ってしまったのだから。

 もう一つ、魔族は他種族に比べて圧倒的に子を成す確率が低い。出生率が低いのだ。寿命は長くとも繁栄出来ない理由の大きな要因とも言える。

 両親たちは、せっかく授かった子を失わなければならないのだ。忌み子だからと言えど、我が子を失いたくない。その表情も頷ける。


 私は直前まで判断に迷っていた。

 だからこそ私は、両親のその様子を見て最終的な判断を下した。


「そんなに心配せずども良い。命を奪うようなことはしまいさ」


 私の言葉に驚きを隠せないのは両親よりも、側近たちだった。


「ナターシャ様! お待ちくだ──」

「私の決定に意を唱えるのか?」

「い、いえ⋯そのようなことは⋯」

「はははっ、案ずるな。命は取らないとは言ったが、何もしないとは言ってはいまい?」


 再び場が静まり返る。


「時に、その子の名前は決まっておるか?」

「あ、えっとノースと言います」

「私たちの故郷で、希望という意味合いがあります。やっと授かった子でしたので⋯」

「そうかそうか、良い名だな」


 私はある提案を両親に告げる。


 それは、一時の間、ノースを私が育てると言うものだった。

 私の突拍子も無い提案に暫くの間、沈黙が続いたが、私の意を汲んだもう一人の側近であるスザクがそれを破る。


「期間はどれ程までに?」

「ん、そうだな。暴走したのは五歳の時だったと聞く。ならば五年間と言うのはどうだろうか?」

「5年ですか⋯」

「いえ、それで安全と判断されれば、私共の元へと戻して下さるのですね」


 不安そうな妻を諌め、夫が話を進める。


「うむ。必ず戻すと魔王の名に懸けて誓おう」


 両親は再び頭を下げる。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 忌み子ことノースを引き取り、三年余りが経過していた。

 ノースはスクスクと成長し、一人で自由に歩き回る程になっていた。まさか乳飲み子を私自身が育てることになるとは、思いもしなかった。

 自身で決断した手前、他の誰にも任せる訳にもいかないしな。にしても、子供というのはこんなにも成長が早いものなのか。


「おい、今日も魔術を教えろ」


 齢3歳にして、仮にも魔王である私に向かってこの口の利き方。

 一体誰に似たのか⋯


 せめては、このお腹の子は良き子として生まれ出てくることを願うまでだな。


「いいだろう。今日もビシバシしごいてあげましょう」

「絶対いつか泣かしてやるからな!」


 最初は、ただ普通に最低限の勉学だけを教えるつもりだった。争いとは無縁の子に育って欲しいとそう思っていた。

 しかし、ノースは天才だったのだ。この子が望んだということもあるのだけど、私が教えたことをスポンジが水を吸収するかのように全てを会得してしまった。故にその才能が怖い。もしも、この子がこれからもっと成長し、その過程で暴走してしまったらと思うと⋯

 だが、逆に強大な戦力は自衛の為の貴重な戦力にもなり得る。


「今日は何を教えてくれるんだよ」

「そうね、なら今日は自分自身を護る防壁を教えましょう」

「マモる? やられる前にやればいいんじゃないのかよ」

「貴方一人ならそれでもいいかもしれませんが、いつも一人とは限らないでしょ? 身の回りの護りたい人がいれば護らなければならない。それが力ある人の権利であり義務であると私は思います」

「ふーん、そういうものなのか」



 この5年の間、本当の子ではなかったが、実の子のように愛情を注いできたつもりだった。

 忌み子としての暴走も結局この五年間で一度もなく、平穏そのものだった。


 そして、無事に本当の両親の元へと返すことが出来た。



 その去り際にたった一言だけ言われたことが今も頭に残っている。


(俺が強くなったら、アンタを護ってやるよ)


 少しだけ、嬉しかったかな。

 我が子を持つというのも悪くない。


 願わくば、早くこのお腹の中で生まれ出てくるのを待っているこの子を⋯


 アリオト様と私の子⋯


 もう少し待っていてね。最愛の私の子⋯

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