第312話: 束の間の休息

 ここは⋯


 ふかふかの寝心地にポカポカと陽気な暖かさ、何やら右手には柔らかく心地よい感触に心なしかいい匂いまでしていた。

 徐に目を開けると、まず最初に飛び込んできたのは、お世辞にも趣味が良いとは言えない真っ黒な天井だった。

 異世界広しと言えど、黒い天井なんて初めて見たんだが⋯。

 確か、最後に覚えている記憶は、7大魔王のトリアをやっとの思いで倒したかと思いきや、まさかの再生にあの時は焦ったけど、結局抜け殻だったんだよな。何だか倒れる前に魔王様の姿を見たような気もするし。にしても、この右手の感触はなんだ?


 被っていた布団をバッとめくる。

 中から出て来たのは、ありえない⋯ま、魔王様?


「何してるんですか、魔王様」


 ジト目で魔王様を睨む。

 目を瞑ってはいたが、起きていると確信できた。その豊満な身体で俺の右手を抱くようにガッシリとホールドしていた。

 俺も男なんで、そういうことをされると、その、色々とマズいことになっちゃうんですけど⋯


「ユウよ、命の恩人にそれはないんじゃないか?」


 魔王様はニヤニヤしながら俺を上目遣いで見てくる。

 きっと、俺の動揺を見て楽しんでいるに違いない。


 後で聞いた話だが、トリア戦で傷ついた俺を魔王様が介抱してくれていたようだ。魔力枯渇による欠乏症になりかかっていたりと意外と危険な状態だったらしい。


「俺もそうですが、ユイや仲間たちを助けてもらってありがとうございました」

「そんなことは良い。仲間を助けるのは当然のことじゃろ? それよりもユウの知っておる7大魔王のことを全て話せ」


 魔王様は、7大魔王が本格的な侵攻を開始した時点でその内の1人であるアーネストの術中に嵌り、今まで異空間へと閉じ込められていた。故に彼等自身の情報をあまり知らなかったのだ。

 俺は7大魔王たちに関して知っている情報を全て魔王様に説明した。当然、神メルウェル様からの言葉も含めてだ。魔王様は神メルウェル様と顔見知りで、友達同士でもあった。勿論それは、俺たち3人だけの秘密で誰にも話さないようにと釘を刺されている。


「なるほどな。そんな輩をよく最後の1人まで追い詰めたな。流石は妾が認めた男じゃて」

「それは素直に喜んでいいのか、返答に困りますね。それと、俺1人の力じゃないですよ。この世界の人々が一丸となり、種族間を超えた協力をして、ここまで来ることができたんです」

「謙遜もここまで来ると度がすぎるのぉ。ユウは当然のように話しておるが、全てはお主がこれまでの冒険の中で種族間を超えた様々な出会い、別れ、お主のことじゃ、時には人助けなんかもやっていたのじゃろ。そんな積み重ねの成果ではないのか? 魔族間とにおける停戦協定もそうじゃ。お主が動かなければ今、妾とお主がこうして肩を並べて話をすることもなかったじゃろ。そもそもお主が本気で妾と向き合っておらなんだら停戦協定など結ばなかったじゃろて」


 確かに停戦協定の時は、多少強引過ぎるやり方だったかもしれない。だからこそ、その一心な想いが魔王様の気持ちを動かせたんだろう。


「勿体無いと思ったから」


 俺は続ける。


「だって、こんなに素晴らしい世界で、少しだけ風貌が違う、文化が違うってだけでいがみ合うだなんて、勿体無いじゃないですか」


 少し頬を緩めながら話す俺を魔王様は真剣な眼差しで見つめていた。


「あっ、何かすみません。生意気ですね」

「お主は、いや、ユウはいつまでも真っ白なままでいてくれよ」

「え、それってどう言う⋯」


 ドタドタと慌ただしく階段を上がってくる複数の足音が聞こえてくる。


「なんじゃ、もう邪魔が入ってしまったか。まぁ、続きはまた後でじゃな」


 勢いよく扉が開かれる。


「お兄ちゃん!」

「ユウ様、気が付いたのですね」


 ユイとジラだった。

 ユイは俺の意識が戻ったことを知らせる為、ドタドタと階段を降りて行った。

 

 後で聞いた話だが、ジラとクロは一度は死んでしまったらしい。それを魔王様が蘇生させたとか。本当にこの人何でもありだよな。


 ちなみに今俺たちがいるこの場所は、魔女の里と呼ばれる、何処にあるのかは魔女以外には秘密らしい何とも怪しげな場所だった。


 俺たち以外には、一緒に戦ってくれた勇者一行や魔族のアルザスさん、イス、フランさんに魔王様に加えてもう一人⋯。さっきからずっと俺のことを殺気を込めた眼差しで睨んでおられるあの人物、話によれば初代魔王様だとか、名をアリオト。今の現魔王様の父親にあたる人物らしい。

 転生なる魔術で5000年の時を経てこのタイミングで復活したらしい。

 その実、実力は本物であの魔王様と同格かそれ以上らしい。仲間ということなら大いにありがたい。

 で、その人物に何故だか絶賛睨まれている訳なのだが⋯


「病み上がりで申し訳ないが、貴様が本当にキキランに相応しいのか見極めさせてもらう」


 キキランと言うのは、魔王様の昔の真名だった。

 全く見に覚えがないぞ。誰か説明してくれないか⋯


「お兄ちゃんをいじめるなら私が相手をするよ!」


 間に入ったのは、ユイだった。

 そのユイに続いてジラやフランさん、クロも続いた。


「今は一刻を争います。どうか機会を改めて頂けませんか」


 フランさんが頭を下げる。

 対応を見るに一応元でも魔王と言うことなのだろう。

 元魔王様は依然として俺を睨み付けてくるが、諦めてくれたのか踵を返し、部屋を出て行った。


 それから丸2日の間、療養の為にここに滞在することとなった。

 身体自体は元気なんだけど、限界突破オーバードライブの反動がデカい。こうなることが想定できた為。できるならば使いたくなかったが、手を抜いて勝てる相手でないことは分かりきっていた。

 正直、トリアに勝てたことも運が良かっただけだ。

 もう一度同じことをして勝つ自信など全くない。元々が一割程度しかない勝率でその一割を引くことができただけに過ぎないのだから。


 俺たちは、外の広間へと全員が集められる。

 魔王様がニヤニヤしながら前で待っていた。


「さて、皆が集まった所で妾から一つ提案があるのだが」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る