第292話: 撤退2

「また新しい刺客っすか」


 身の丈3mを超える長身に引き締まった肉体。肩まで漆黒の黒髪に右頬に大きな傷痕の男。

 実際にこの目で見るのは初めてだが、凄まじい重圧を感じる。離れていてあれだったんだ。予想はしていたが、まさか、これ程とはな⋯

 常人なら、この場に立ってすらいられないだろう。

 状況は、思っていた程悪い。

 全員を一箇所に集めて転移?

 目の前のこいつを相手に?

 どんな難関ゲーだよ。

 ほんの1秒でも目を離したら命はない。そう思わせる程の威圧感をコイツは出している。


「お前、中々強いだろ。それと、さっきの一撃、油断したとはいえ、こっちの世界に来て、初めてまともに喰らったすよ。あぁ、あの天使にみたいな奴はノーカウントっすけどね」


 天使みたいな奴?何の事だか分からないが、ここは素直に返事をしておくか。


「7大魔王のリーダーにそう言って貰えるとは光栄だな」


 とは言うものの、実はさっきの一撃⋯あれは俺の持てる力のほぼ全てを費やし放った一撃だった。


 失われた魔術ロストマジックの1つ、《魔豪腕》と《魔俊敏》。どちらも己の魔力を使いその能力を神話級まで向上させるものだ。潜在魔力の多い俺やスイにしか使えない技法。

 その俺が、かなりの魔力を費やして放った一撃。

 俺だって、無尽蔵の魔力じゃないし、そんなものを連発していたらすぐに枯渇してしまう。

 リグを降ろし、治癒ヒール状態回復リフレッシュを施す。


「貴方⋯様は一体」


 名前:リグ・ランドゥメル

 レベル:95

 種族:人族/魔族

 職種:勇者

 スキル:剣撃ソードクラッシュLv5、翔脚Lv3、一撃抜刀Lv3、剣の極みLv5、双剣の極みLv5、双剣射撃ツインシューターLv4、双剣乱舞Lv5、魔鋼剣Lv5、風撃Lv4(ウィンドカッター)、水撃ウォーターボールLv5、水龍召喚、治癒ヒールLv2、速度増強アジリティアップLv4、耐久増強ディフェンスアップLv3、範囲結界セイフティードームLv3、転移

 称号:剣姫、神ウェヌスの加護


 隠し見した事を心の中で謝っておく。

 レベル90越えは初めてみたかもしれない。勇者レインよりも上なのは驚いた。

 って、転移持ち!?

 いや、それよりも、種族が2種類ってどういう事だ?混血のハーフとかか?何か複雑な理由がありそうだけど、今はどうでもいい。

 よし、それならこの場を切り抜けれるかもしれない。


「冒険者のユウと言います。俺と一緒に逃げて下さい」

「え?」


 ポカンと口を開けるリグ。


「いきなり現れて変な事を言ってすみません。今は俺の事を信じてほしい。この場からすぐに離脱して下さい」


 虚ろだったリグの目に生気が戻る。


「離脱って、逃げろと言うの? 目の前に敵がいるのに!」


 ちょっと、声がデカイって⋯


「ハハハッ、おいらが逃すと思ってるのか?」


 《重力グラビティ


「誰も見捨てるつもりはありません! サ⋯聖女様達も既に転移で退避させました。リグ様も他の皆を連れて、逃げて下さい。コイツは俺が足止めしますから」


 またしてもリグは2回目の口をポカーンと開ける。

 しかし、それは俺の発言に対してではなかった。

 何度か俺とエドアールとに目線を行き来させている。


「あれだけの動きをして貴方、魔術師なの?」


 驚いたのはそこかよ!なーんか調子狂うよな⋯。


 最大レベルの重力グラビティを諸共せず、エドアールは歩き出す。

 魔術は効いてるはずだってのに、ここまで涼しい顔されると、、そういえば、いつだかの魔王様の時もこんな感じだったな。


「この場は俺に任せて、早くみんなを連れて逃げて下さい」

「くっ⋯分かりました。死なないで下さい。後で話がありますから」


 リグはレインを掴み上げると、リンの飛ばされた方へと消えて行く。

 よし、まさか転移持ちがいるとは、嬉しい誤算だ。


「さて、悪いが少しばかり俺に付き合ってもらうぜ」


 重力グラビティを解除し、捕縛を使用する。


「何すかこれは? こんなものでおいらを縛れると?」


 エドアールは自らの力で捕縛を強引に破る。


「バケモノめ」


 後方へと跳びのき、時間を掛けて事前に魔力を練っていた魔術を発動する。


「喰らいやがれっ!!」


 《炎獄世界フレイムベルワールド


 エドアールの足元に小さな火柱が立ち昇ると、瞬く間にその巨体を灼熱の業火が包む。


 この隙に範囲探索エリアサーチで確認する。


 リグは、レイン、リンを連れて⋯残りの1人を探してるのか。居場所が特定出来てないみたいだな。もう少し時間が必要か。


 その時だった。

 目の前に炎に燃えたままの右拳が迫っていた。


 まさに刹那の瞬間。目を背けた訳ではないが、それでもその攻撃をかわすことは出来なかった。保険で展開していた障壁がなければ、今の一撃でやられていたかもしれない。


 魔力をごっそり持っていかれたが、奴の一撃を何とか凌ぐ事に成功した。


「お前は逃がさないっす」


 再び繰り出された右ストレートに今度は障壁を砕かれてしまった。

 魔力枯渇による脱力感が俺を襲う。


 まだ魔力は20%近く残ってたってのに、今の一撃で全て消し飛んだのか。

 だが、こうなる事は予測済みだ。

 手にしていた最高級品のMP回復ポーションを数本飲み干す。こんな事もあろうかと、ポーション早飲みの訓練をやっていたんだよ。今ならポーション早飲み選手権なんてものがあれば、優勝出来るかもしれない。


 4属性砲エレメンタルボム


 今更こんなものが効くとは思ってないが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。


 エドアールは、口を歪ませると、まともにそれを受け止める。


 大爆発と共に煙でその姿を消した。


 よし、これで少しは時間が稼げ⋯な、なに?


 !?


 右手が宙を舞い、俺自身もまた宙を錐揉み回転しながら、大地を抉る形で吹き飛ばされる。


 グッ⋯ハッ⋯何が、起こっ⋯た⋯?

 反応すら出来なかったぞ、はぁ、はぁ⋯


 右手は、鋭利な物で斬り裂かれてるな⋯

 後は、肋骨が何本か折れてやがる。


 すぐに治癒ヒールで斬られた腕ごと傷を回復させる。

 そんな俺を両腕を組み余裕の表情で眺めていたエドアール。


「これは面白いっすね。斬られてもまた生えてくるんすね」


 エドアールのいた世界には回復という概念はなかった。多少の傷ならば個々による違いはあるが、自然治癒力頼みで、腕が千切れれば、元に戻る事などありえなかった。

 人の気も知らずに、こっちは死を覚悟したってのにな。


「何度も使える技じゃないがな」

「そうなのか。なあ、それよりさ、さっきの速いやつ見せてくれっすよ」


 初撃のあれか。

 非常にコスパが悪いが時間は稼げるかもしれない。だけど近接戦闘だから死ぬ可能性は跳ね上がるな。


 MP回復ポーションを飲んで魔力を全快させる。


 だが、おかげでハッキリした事がある。

 奴に魔術は効かない。

 正確には、魔術耐性が高過ぎてまともにダメージが入らない。

 4属性砲エレメンタルボムを喰らってダメージがなかったからな。闇や聖なら分からないが、生憎と俺は4属性外で尚且つ奴に有効そうな攻撃魔術を持ってない。

 失われた魔術ロストマジックの中にあった気もするが、生憎ぶっつけ本番で出せるような局面じゃない。だから、勝機が見出せるとすれば、やはり物理攻撃しかない。

 ん、奴の身体に無数の傷があるのは、今まで挑んだ奴等がつけたのか?勇者達だろうか。

 まぁ、どちらにしても仮に奴を弱体化する事に成功したとして、何処まで変わるか分からないが。

 その前に1つ試してやるよ。


「いいぜ。見せてやる」


 ストレージから聖剣アスカロンを取り出す。


 使ってやるよ。実戦では使った事のない奥義をな。

 俺自身、反動がデカ過ぎて練習では何度か使用したが、実戦で試すのは初めてだ。


 《限界突破(オーバードライブ》


 Lv100に到達した者に贈られる奥義。

 己の能力を限界まで引き出す反面、使用後は疲労により、一歩も動けなくなる。


 《魔俊敏》《瞬身》


 限界突破オーバードライブに駄目押しの魔俊敏を上乗せさせる。更に瞬身アンリミテッドポテンシャルを再度重ね掛けする。

 今持てる最高で最速の一撃をエドアールは、その長刀で軽々受け止める。


「いいっすね!もっと撃ってこいっす!」


 続け様に1撃、10撃、100撃、と瞬きをする間に放たれた連撃の数は300を超える。


 その最中、ユウは転移でその場から離脱する。



「あっはははははは! いいよ! 面白いっすよ! やはり闘いはこうじゃないとねぇ、、、もっとおいらを楽しませてくれるように、精々精進しなよ」

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