第291話: 撤退1

「おいおい、あいつら無事なんだろうな⋯」


 ガルシャは額の汗を拭い、リグ達の身を案じる。


 あれが、盾騎士パラディンの絶対防御ってやつか。話には聞いてたけど、凄い防御力だな。

 たぶん俺の障壁並だろうか。障壁は魔力が尽きるまでという制限があるから、それよりも使い勝手は良さそうだな。


「2人は先に戻っていて下さい」


 右手の親指に嵌めていたポータルリングを外し、サーシャに手渡す。

 サーシャは何故だか受け取るのを躊躇し、薄く頬を赤らめる。


「ゆ、ユウ様! え、えと⋯こ、これは⋯?」


 恐る恐るといった表情でこちらの返答を待つサーシャ。


「これは転移の指輪だよ。複数の転移先が予め登録されてるから、今回はエルフの里のクーバハァを選んでくれ。俺の仲間達がそこで待機しているから」

「あ、えと、そういう事ですよね、あはは⋯はぁ⋯」


 ん?


「これを渡したらお前はどうやって帰るんだ?」

「俺自身も転移は使えますから。さぁ、時間が惜しいです。発動者であるサーシャの肩に掴まって下さい。そうすれば一緒に転移出来ますから」

「分かりました。ユウ様、リン達を願いしますね」

「リグやレイン、セリーヌの事も頼むぞ」

「はい、必ず連れ帰ります」


 2人と握手を交わす。

 サーシャ達がポータルリングを使い、クーバハァに転移したのを確認し、自身に身体強化ブースト一式と、瞬身アンリミテッドポテンシャルを施す。


「さて、行くか」


 先程の大爆発、恐らく勇者側の攻撃か。それを証拠に全員が無事だ。今も戦い続けている。こっちへの被害は、盾騎士を信頼して考慮しての発動だろうな。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 リン、リグ、レインの3勇者の高速剣技をエドアールはその長刀を器用に操り、全てをいなしていた。

 セリーヌは早々にエドアールの攻撃を喰らい、戦線離脱していた。

 3vs1にも関わらず、エドアール自身まだ余裕を持っていた。

 そんな最中、エドアールは遥か上空を飛空していたミュレイに目を向け、その口をニヤリと歪ませる。


「いい加減、この重力みたいに身体が重いのは調子狂うっすね。終わりにさせて貰うっすよ」


 上空へと殺気が向けられる。


「ミュレイ! 逃げろ!」


 レインの叫びも虚しく、エドアールは姿を消し、次に現れたのは無防備なミュレイの正面だった。レインもすぐにその後を追うが、2人のスピードの差は歴然だった。


「この身体の重さ、お前を殺したら解除されるんすかね?」


 エドアールは何の迷いもなく逃げるミュレイを苦もなくその長刀で両断する。

 遅れてやって来たレインをミュレイを両断した刃の返しで薙ぎ払う。レインはその攻撃を何とか剣で受け止めるも、弾みで大地へと落下した。

 着弾する間際、上手く体制を整え、地面への激突だけは免れた。


「くそっ、これでやつを縛っていた超負荷の効果が消えてしまった」


 ミュレイの能力で、相手の速度を低下させる速度超負荷ハイアジリティペナルティ》と主人であるレインの速度を上昇させてくれる《速度超増強ハイアジリティアップ》2つの能力効果がミュレイがやられた事により消えてしまった。

 ミュレイ自身は人形の為、殺される事はないが、この能力は1日1回の制限があり、すぐに再度使用する事は出来ない。


「言うまでもないと思うが、みんな気を付けろ。さっきまでとは速さが段違いに違うぞ」



 エドアールがゆっくりと大地へと降り立つ。


「この世界の最高戦力とはこの程度なのかい? だったら拍子抜けっすね」


 レインが視線を送り、2人が頷きでそれを返す。


 《剣技・迅滅一閃》


 レインは刀身を煌びやかな光で包み込むと、そのまま光の速さで突きを繰り出す。


 《千の雨サウザンドスピヤー


 リンは、勇者になった時に会得した技を使用する。

 槍が千を超える数に見紛う程に光速で相手を穿つ。


 《魔鋼剣》


 リグの双剣が藍色の焔に包まれる。それは本当に燃えているかのような錯覚を相手に起こす。しかし、その効果はこの刀身に触れた物は全て溶かされてしまうが、それは同時に長時間の使用は剣自体も溶けてしまうという諸刃の剣でもあった。

 3人から繰り出される超級の武技も、エドアールにしてみれば児戯に等しい。エドアールは余裕のつもりか、長刀を地面に突き刺し、両手を広げてみせる。

 レインの光速の突きを左手の人差し指と中指で軽々と掴むと、そのまま背後へと放り投げた。

 ただ放り投げたのではなく、明らかに重力を無視したありえない速度と動きだった。

 レインは地面へ激突した衝撃で、両足がおかしな方向を向いていた。

 次いで繰り出されたリンの千の雨サウザンドスピヤーをその場から一歩も動かず全て躱しきり、同時に繰り出されたリグの魔鋼剣をその歯で咥え込むと、そのまま噛みちぎる。その流れで、右拳でリンの腹を1発殴り飛ばす。

 リンは大量の血を吐き、後方彼方へと飛ばされ、その刹那の隙を狙ったリグが、砕かれなかった片方の剣でエドアールの首を狙った。


 しかし、エドアールに届く前にリグの手が止まる。


 リグは自身に起きた事が理解出来ていないのか、恐る恐る下に目を向けると、そこにあったのは、大量の血を地面に垂れ流す自分の姿だった。


 拳サイズ程の穴が胴体に開いていたのだ。

 リンに放った掌底と全く同じだったが、両者の命運を分けたのは、着ていた武具の差だった。

 誰が見ても致命傷だと思われた。

 しかし、リグは倒れなかった。辛うじてまだ動く右手でエドアールの肩を掴む。


 《暴走せし魔力ジバク


 一生に1回きりの技。

 体内の魔力を暴走させ膨大させ、内部から大爆発を引き起こす技。


「一緒に死んでもらうわ」


 リグは一瞬、近くにいて気を失っているレインへと目を見やる。


(レイン、巻き込んでしまって、ごめんなさい。あっちの世界で会いましょう)


 魔力が膨張し、2人が眩いばかりの光に包み込まれる。


 《強制解除》


 光の中から出て来たのは、エドアールだった。

 後方へと飛ばされて、近くにあった岩へと激突する。


「死なれて貰っては困りますよ」


 間一髪、ユウが戦場へと到着した。


 まさか、自爆しようとしてるとは思わなかった。

 強制解除が効かなかったら俺も巻き込まれてたな。


「貴方は一体⋯」


 リグをお姫様抱っこしているこの状況。

 側から見ればお姫様の危機を救いに来た王子様と呼べる光景だったかもしれない。

 少なくともリグはそう感じてしまっていた。


「説明は後です。今は一刻も早く逃げましょう」

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