第290話: 勇者の意地

 目の前に勇者レインの無残な姿があった。


 側に立つは、レイン本人が認めた唯一のライバル、勇者リグ。


「まさか、貴方が手も足も出ないなんてね」


 その近くで、隕石でも落下したかのように何者かが大地へ降り立つ。

 その際、大地が震え上がるかのような地響きが起こった。


 レインを追い、エドアールが現れたのだ。


「ちょこまかと動き回ってる奴等がいると思えば。そいつはおいらの獲物さ」


 発せられる圧倒的なまでの威圧感。

 常人ならば気絶していてもおかしくない程の威圧にもリグは顔色一つ変えない。


 リグは視線をレインへと向けた。


(まだ息はある。聖女様後はお願い)


 友の身を案じ、サーシャに託す。


「ねぇ、今度は私と遊ばない?」


 リグは持てる全ての能力を開放する。

 明らかに先程までと周りの空気が変わる。

 リグの周りで紫電がバチバチと音を立て、足元に転がっている小石が弾け飛ぶ。


 リグは目の前の相手は全力を出さなければ全く相手にすらならないと瞬時に悟っていた。

 そんな闘志を剥き出しにしているリグを見て、エドアールは長刀をリグに向けると、ニヤリと口元を歪める。


「お前さんはおいらを楽しませてくれるのかい?」

「ええ、期待に添えると思うわ」


 リグも口元を歪ませる。


 次の瞬間、2人の姿が文字通り消えた。


 それを確認し、傷付き倒れたレインの元にサーシャが駆け寄る。


「レイン様、すぐに治します」


 リンはエド達が去った方角を眺めていた。


 そこには確かな手応えを感じていた。

 先程までは目で追うのがやっとだったエドの動きを今ではハッキリと捉える事が出来ていた。

 それまでは自身の領域外だった存在が確実に今は手の届く位置に思えていた。

 そればかりか、自分もその舞台に立てると言う確かな手応えを感じていた。

 リンは既にサーシャにより、切断された足や傷を癒してもらっていた。全快とまでは行かないにしても、そんな事を言っている状況でもないのは、リン自身が一番良く分かっていた。


「行くのね」


 レインを治癒しながら悲しそうな表情をするサーシャ。


「うん。土壇場のこのタイミングで勇者の称号を得たのも、きっと神様が戦いなさいと言ってると思うから」

「え、リン勇者になったの?」

「魔族達と交戦している時にね」


 サーシャの頬から涙が溢れる。


「良かったね⋯ずっと、夢だったもんね⋯おめでとう、リン」

「ありがとうサーシャ。行ってくるよ」

「うん、気を付けてね。リグ様をお願い」

「2人は俺が死んでも守るから、前だけ見て行ってきな」


 ガルシャが自慢の大盾をバシッと叩く。

 リンは一礼する。


「宜しくお願いします」

「あ、これをリグに渡してやってくれ。よっぽど慌てていたのか、あいつ落としていきやがってな」


 ガルシャから可愛らしいウサギを模ったポーチを受け取る。


「ちょっと私の事忘れてない!?」


 セリーヌが魔族の残党を倒し戻って来た。


「私も行くわよ! ぶっ倒してやりましょうね!」


 リンとセリーヌが硬く握手する。

 息をスゥーっと吐くと、サーシャとガルシャの前からリンは姿を消した。

 正確には、高速でその場から消えさった。

 その後を慌ててセリーヌが追い掛ける。


 リンは戦闘音を頼りに2人の後を追う。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 リグ視点


 はぁ、はぁ、はぁ⋯


 全力解放して闘ったのはあの時以来かしら⋯


 両者の剣が触れ合うたびに、凄まじい衝撃波が周りの全てを文字通り破壊していく。


 はぁ、はぁ、はぁ、、一撃でも仕損じれば、恐らく命はない。

 リグは集中力を切らさず神経を研ぎ澄ませる。


 精神的には既に何時間も闘ってる気分なのに、実際は数分しか経ってない。

 にしても、どれだけ反則なのよ、あいつ。

 私の一撃必殺の攻撃を涼しい顔して全て否すなんて。


「面白いぞ娘。名は何と言うのだ?」


 面白い?

 ふざけないでよ。まるで勝負になってないじゃない。

 ミュレイちゃんのデバフがあってさえ、この私が赤子のように扱われるなんてね。


「それは光栄ね、リグよ。リグ・ランドゥメル。貴方も名乗ってくれるかしら?」

「おお、そうだな失礼した。どうせこの後すぐ死ぬのだろうが、最期に名くらい名乗っておくよ。おいらの名前はエドアール。この世界に死を招く存在さ」

「貴方は馬鹿なの?いくら強くてもたった1人にそんな大それた事出来る訳ないわ。この世界全部を敵に回して夢を語れると思わない事ね」


 精一杯の嫌味を返す。今の私が出来るのは精々言葉での反論くらいのもの。

 もう私に闘う力は残されていない。

 せめて、利き腕である左腕が元どおりになれば⋯


 戦闘の最中にエドの度重なる重攻に耐えきれず、左腕の骨を砕かれてしまった。


 重力に逆らえず、ダランと垂れ下げていた。


 満身状態でついていくのがやっとの相手に片腕、ましてや利き腕を欠いた状態でなど、到底闘えるはずもない。


「楽しかったよ。だが、もう飽きたな」


 どうやら私もここまでかしら⋯

 レイン。ごめんね、貴方の仇を取りたかったんだけど、だめだったわ。

 先に逝って待ってるわね⋯


 無慈悲に払われた一撃に、リグは最期を悟り目を瞑った。

 その際、涙が一雫零れ落ちる。


 死の瞬間と言うのは今までの出来事が走馬灯のように走るって聞いてたのに、何も起きないわね。

 というより、痛みを何も感じないのは、流石におかしいわよね。


「まだ死ぬのは早いですよ」


 ハッと我に返り、リグは目を開けた。


「貴女は⋯」

「なんだ、また邪魔が入るのか」


 エドの一撃をリンが受け止める。そればかりか、逆に押し返してしまった。


「リグ様、これを」


 ガルシャから受け取ったポーチを投げ渡す。


「これは⋯⋯ありがとう、リン殿」


 ポーチの中から取り出したポーションをグッと飲み出す。


 ■リーネーション

 ダンジョンなどから稀に見つかる最高級回復薬。

 裂傷や骨折程度なら瞬時に回復効果がある。


 HP回復ポーションの中では最高級品と言われている。

 砕かれた腕も一瞬で回復した。


「2vs1で悪いが、卑怯と言ってくれるなよエドアール」


 リグが戦線復帰し、リンと共にエドの前に対峙する。


「悪いが3vs1だ」

「違うわよ!4vs1よ!」


 背後から現れたのは、サーシャによって治療を受けていた勇者レインとセリーヌだった。



 ここにこの世界の最強3勇者、大魔導士と7大魔王リーダーエドアールとの闘いの幕が切って開けた。

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