第289話: ビャッコvs剣姫リグ

「ねえリグ、あいつヤバくない?あれだけ魔術をぶっぱしたのに、無傷なんだけど」

「たぶん、あの結界が魔術を遮断してるみたい」


 ビャッコの周りには、透明な結界が不気味な輝きを発しながら展開されていた。


「ふうん、ならさ、あの結界を貫けるくらいのやつをお見舞いすればいいんだよね!」


 慎重派のリグに対し、セリーヌは力で強引に押し切るタイプだった。


 ビャッコはお返しとばかりに、様々な系統の魔術を高速で放つ。


「何よあれ!全属性持ちだっての?」

「それに、あの速さは異常ね」


 それは複数の魔術師と闘っているような感じだろうか。

 絶え間なく放たれる魔術に、リグの展開した防壁でただ防ぐしかない状況だった。

 隙を見てセリーヌが応戦するも、先程と同じく魔術が掻き消えてしまう。


「物理であの結界を破壊してみる」


 魔術の連撃の一瞬の合間を狙い、リグが仕掛ける。


 《強制破壊クリスタルブレイク


 リグの剣先が光ると、そのままビャッコへと攻め入る。常人には消えたようにしか見えない程に俊足な一太刀。

 しかし、次の瞬間⋯


「ちょ! なに!? 危なっ!」


 ビャッコに向けて駆け出したリグは、何故だかセリーヌの背後へと転移してしまった。

 そのまま勢いあまり、セリーヌに攻撃が直撃する間際にその手を止めた。


「転移の誘発? 興味深い。時限式で発動した転移? いや、それとも⋯もう少し試してみる必要がありそうね」


 リグは懐からミスリルの短剣を取り出すと、ビャッコに向かい投擲する。そのまま着弾するかと思いきや、先程同様に短剣は消え、リグの背後から迫り来る。それを振り向き掴み上げると、一瞬だけニヤリとした笑みを浮かべる。

 今度は別の短剣を取り出し、再び投擲する。


「セリーヌ、私が合図したら、ありったけの魔術を喰らわせてあげて」

「任せて!」


 それだけ告げるとリグはその場から消える。


 先程と違い、短剣はそのまま消える事なく、ビャッコの下まで到達するも、杖で弾き落とされてしまった。


「セリーヌ! 今よ!!」

「ちぇすとぉぉおー!」


 セリーヌは溜めていた魔力を一気に放出した。


 《乱風神舞エターナルサイクロン


 無数の風の刃が文字通り、全てを斬り刻む。

 セリーヌの凄いところは、召喚した風の刃1つ1つを全てコントロールしている事だろう。


 リグもまたビャッコの背後へと周り、斬り付ける。

 どういった訳か、今度は魔術も通り、物理も阻害される事はなかった。


 リグは異様な威圧を感じ、攻撃を一旦中止し、後方へと退避した。


「調子に乗るなよ⋯小娘如きが⋯⋯私は、かつて魔族でも最強と謳われたビャッコなるぞ!」

「笑っちゃうよね。あの人、魔族最強とか言ってるよ」

「よく聞いて、過去の話とも言ってる」

「ああ、なら今は隠居したお爺ちゃんってとこかなぁ?」


 馬鹿にしたような2人の物言いに、額に青筋を浮かべるビャッコ。


「ここら一帯毎消し去れ!」


 ビャッコの足元に展開していた魔法陣が、どんどんと広がっていく。

 やがて、半径100m程に到達し、そのまま眩い光を発し出した。

 その中には、リグとセリーヌの姿もあった。


 2人が光の中へと消えた次の瞬間、魔法陣から発せられた光は、凄まじい轟音を立てながら天へと伸びる極太の閃光へと変わり、雲を突き抜け、やがて消え去った。


 光が晴れて残ったのは、底があるのか分からない程の巨大な大穴と宙に浮いているビャッコの姿だった。


「フハッハハハッ、魔力の殆どを費やしてしまったが、どうやら鬱陶しいハエは消え去ったようだな」


「そんな⋯まさか、、、」


 ガクリと膝をつくサーシャ。

 しかし、リンとガルシャは上空を見上げていた。


「⋯終わりよ」

「⋯終わりだな」


 2人がボソリと呟いたまさにその時、ビャッコの首が飛んだ。


 そのまま、大穴へと落ちる肢体に無数の風の刃が突き刺さる。

 正確にコントロールされた風刃は、肢体を目に見えない程の細切れにしてしまった。


「ふぅ、やったねリグ!」


 上空から降りてきたのは、風を操りながら飛空していたセリーヌとリグだった。


「残党はセリーヌお願い」

「了解リグ隊長!」


 風を纏い、颯爽とセリーヌが魔族の残兵を追う。


「流石だなリグ」


 ガルシャとハイタッチを交わす。


「いえ、一見大した事なさそうだったけど、かなりの強敵だったわ。まともにやり合えば厳しかったでしょうね」

「そんなにか?」

「無尽蔵の魔力に高威力の魔術よ。それに物理阻害、魔術阻害の化け物よ。まぁ、阻害に関してはネタが分かれば大した事はなかったけど」

「まぁ、どっちしてもお前だから心配はしてなかったさ」


 遠方で魔族達の悲鳴とそれに呼応するかのような高らかに笑う声が聞こえていた。


「セリーヌ⋯帰ってきたらお仕置きね」


 皆が、笑いながら殺戮しているセリーヌの姿を思い描く。


「助けて頂き、ありがとうございました」


 リンは深々とお辞儀する。

 リグはリンの方へと向き直すと、手を差し伸べる。


「頭を上げて。貴女はリン・スカーレットね。こうして話すのは初めてかしら」


 リンは両目を見開く。その表情は驚いていた。


 何故、勇者の中の勇者でもある人物が自分なんかの名前を知っているのかと。


「貴女とは一度ゆっくり話をしてみたかったの」

「な、何故私と? 勇者の里から逃げ出した私は、里の汚点でしか⋯」

「あら、貴女は自分の実力が分かってないのね」

「それはどういう事ですか?」

「貴女は強いのよ。それは、勇者の里にいる時から際立っていたの。だから私も名前を知ってるし、いつか自分に隣に並ぶ存在だと思ってる」

「そんな事はありません!」


 リンは声を荒げる。


「あ、すみません。ですが、勇者の里では私は落ちこぼれでした⋯私の周りはどんどん認められ、勇者になって行き、手合いも連敗続きで⋯」

「それは、相手は勇者の称号を持っていたんじゃない?」


 勇者に選ばれた際に恩恵を受ける事は、実は勇者以外は知らない。

 当然、勇者見習いだった当時のリンには知る由もない。


「今の貴女なら分かるんじゃない?」


 現に勇者の称号を得たリンの強さは以前とは比べるまでもなく跳ね上がっていた。

 そんな勇者と称号を持っていない者とが勝負を挑んでも結果は目に見えていた。


「お2人さん、喋ってる暇はなさそうだぞ」


 ガルシャの視線の先には、勇者レインとエドアールの姿があった。

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