第254話: 九死に一生

フェンリルは、その巨大な体躯が炎に包まれたかと思えば、一瞬の内に蒸発し、骨も残さず完全に姿を消した。


「キミ、中々やるね。僕のコレクションの中でも最強種だったフェンリルを倒しちゃうなんてね」


敵に塩を送られても嬉しくはないな。

ましてや相手がこの世界を侵略しようとしてる異世界の魔王だしね。


!?


何?


足が動かない。

まるで石化にでもなっているようだ。


なら転移を。


っ転移も発動しない?

現状の置かれた状況を把握しようとしていると、急に目の前が暗くなったかと思えば、いつのまにやら巨大な鉄の塊の巨人が拳を振るっていた。


その拳は軽く俺の背丈くらいはあるだろう。

全くの無防備状態でその一撃を貰い、俺は遥か彼方へと飛ばされる。

飛ばされた瞬間、クロに呼ばれたような気がしたが、衝撃と風切り音、ダメージによって、意識が朦朧としていた為か幻聴だったのか、区別がつかない。


何本もの木を薙ぎ倒し、大地を削り、山を貫通し、漸く動きが止まった。


一体、何が起こった・・・。


急に身体が動かなくなったと思いきや、魔術も使えなくなるとは・・。


右腕は・・・何とか動くか・・

左腕はあらぬ方向に曲がっていた。

両足は無事なようだが、ダメージが酷く起き上がる事が出来ない。

すぐに治癒ヒールを試みるも、やはり魔術の類が一切使えない。

ならばとポーチに入れているポーションに手を伸ばすが・・・駄目だ、全て割れてしまっている。


ストレージを開こうと試みるも、やはり発動しない。

確か、ストレージを開く際も僅かながら魔力を必要としていた。

魔術が使えないと言うか、魔力が練れないと言う方が正しいか。

しかし、こんなのは初めてだ。


ズシンと地響きがなったかと思えば、視界の先に先程の鉄巨人が立っていた。


ヤバい・・・本気でヤバい。


もう一度あれを喰らったら恐らく死ぬ。

いや、間違いなく死ぬ。

俺のHPはもやは1/3程度しか残っていなかった。


何だこれ?

呆気ないにも程があるだろ。

まさかたったのワンパンでやられるなんて。


ははっ、笑えない・・・笑えない冗談だ。


鉄巨人は無情にもその巨大な拳を振り下ろした。


なす術なく俺は目を閉じた。

目を閉じると何故だか仲間の姿が目に浮かんで来る。


ユイたちは無事にミラを送り届けれたのだろうか・・


クロは無事だろうか・・


自分で危険があったら無理はするなと言った手前、情けないな。

でも、死とはそういうものなのだろう。

死にそうだから、あ、待ってくれ。なんて通用するはずもない。


くそっ、今度はこれまで旅して来た思い出が走馬灯の様に高速で流れて行く。


はぁ・・・まだ死にたくないな・・・


この世界の神であるメルウェル様から使命まで授かったってのに、志半ばでリタイアかよ。


それにしても死の間際は時間の経過が長く感じるとは言うが、いくらなんでも長すぎじゃないか?

すぐに衝撃が来るはずが、待てども待てども現れない事を不思議に思い目を開けた。


「苦戦しておるようじゃな」


聞き覚えのある声に全身真っ白の後ろ姿が視界に入る。


「な、何でここに・・・」


俺の前に立ち、鉄巨人の拳を受け止めていたのは、白の魔女と呼ばれる最強の魔女だった。


「何故って、頼まれたからじゃ。紀元の魔女・・・・にな」


紀元の魔女だって?

確か紀元の魔女の正体って・・・ああ、そう言う事か・・


神様に助けられたって事か。


身体全体を生暖かい感覚が襲う。

全身が淡い緑色に包まれたかと思えば、身体の傷が綺麗さっぱりと治っていた。


「ありがとうございます、本当に助かりました」

「ふんっ、お前にはジャジャ馬を退治してもらった借りがあったからな」


白の魔女は、ふんっと鉄巨人の巨大な拳を掴むと、そのまま持ち上げ放り投げた。


あれだけデカイのにどんだけ馬鹿力なんだよ・・

あれ、そういえば、魔術使ってるよな?


「普通に魔術が使えるんですか?」

「ああ、当たり前じゃろ」


試しに魔力を練ろうとイメージするが、やはり練れない。

と言うより、霧散してしまう。


「何かに阻害されているようじゃな」

「阻害?」

「魔術が使えぬのは、相手から何らかの呪いを受けたか、相手の術式発動中、テリトリー内であるかのどちらかじゃ。儂が使えていると言う事は、恐らく前者じゃな」


呪いなんて受けた記憶はないんだけどな。


(ユウさん、右肩の上に小さな生物がいます)

(セリアか)


セリアに言われた箇所を見るが、何も見えない。

まさか姿を消しているのか?


(そのまま右です。あ、もうちょっと左。行き過ぎです。ストップ。そこです!)


場所を指示してもらい見えない生物を掴み上げる。

手には確かに何かを掴んでいる感触があったが、やはり何も見えない。


それを躊躇いなく握り潰した。


潰した瞬間、スゥーっと身体中を巡る魔力の流れを感じた。


「どうやらさっきのが、魔力妨害をしていたようじゃの」


いつの間に忍んでいたんだ。全く気が付かなかった。

恐らくこれもサモナの召喚したモンスターなのだろう。


(ありがとうセリア、助かったよ)

(いえいえ、何も出来ませんが、頑張って下さいね!)


「いつまでそうしているつもりじゃ」


未だ、土の中にめり込んだ状態の俺を呆れ顔で白の魔女が見降ろす。


「ほれ、身体の傷は癒えたはずじゃ、このデカブツの相手は儂がしておくから、お前はあの猛獣使いを倒してこい」

「俺何かで倒せますかね・・」


軽くあしらわれて、白の魔女が来なければ死んでいたかもしれない。


情けない。


油断はしていなかったつもりだ。

敗因があるとすれば、経験則から来る適応力、判断力だろうか。

魔術が使えないだけで同様してしまい、結果死に掛けたんだから世話がない。


「ぐはっ」


凄まじいチョップを貰い、先程までめり込んでいた土の中へと舞い戻った。

いや、更に深くめり込んでないか?


「お前は馬鹿か?紀元の魔女がここまで他人を贔屓にする事はない。儂とて、早々話が出来ることなど稀じゃと言うのに。そんなあのお方がお前を気に掛けておった。手を貸してやって欲しいとな。俺に出来るか?じゃと。自惚れるでない。高々人族の小僧一人に何が出来る。任された事だけを考えそれだけをやれ!死ぬ気でやれ!それだけじゃ」

「ははっ、折角回復してもらったのにまた結構なダメージを負った気がするんですけどね」

「小僧が一丁前な事を言うからじゃ。理解したなら早う行って来い。何、骨は拾ってやる。前だけに集中出来るように周りの事は儂に任せておけ」


折れかけていた精神が少しだけ、いや、もう大丈夫だ。


「ありがとう」


転移でサモナの場所へと戻る。


!?


辺りの地形が一変していた。

確か、ここらは木々に囲まれた森の中だったはず。

この大地の盛り上がりはアースストレインの跡か。

失われた魔術ロストマジックの威力は相変わらずだな・・。

実はスイから貰った魔術書を読破して、俺自身も使える事は使えるんだが、あまりの広範囲な威力の為、使い所が限られる。


サモナと戦ってるのは、スイか?


クロは?


範囲探索エリアサーチによると、ここから少しだけ距離があるか。

動き方から察するにまだ戦っているみたいだな。


近くで一際大きな爆発音と粉塵が巻き起こる。


その中から出て来たのは、スイだ。


「くっ、次から次へと全くやり辛いね」

「サモナ本体は?」

「ああ、見失ったよ。姿を消して隠れてるようだね」

「何だあれは・・・」


視界の先に移ったのは、一言で言うなら悪魔か魔人。

黒い翼を後ろに生やし、頭には特徴的な2本の角。

身体はマダラ模様のドス黒い色合いだ。

今は閉じられているようだが、額にある第三の眼。

身の丈は3mくらいだろうか。


「ユウ。気をつけた方がいい。さっきの鎧騎士が赤子に見えるレベルだよ」


あのスイが冷や汗を流している。


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魔人アスモデウス


異世界からサモナが連れて来た魔物。

他の7大魔王達ですら近付こうとしなかった場所。魔人達の住む世界、亜界。

サモナがかつてその場所に降り立った際その能力により、絶対服従を余儀なく誓わされた魔人の王。

彼が王と言われる所以は、反則級の能力にあった。

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《時間停止(クロックキャスト》


スイの動きが止まる。


「スイ、どうした?」


第三の眼が怪しい光を発したかと思えば、スイの動きがイキナリ止まってしまった。

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