第189話: 旅立ち
「まぁ、いいじゃないか。外の世界に興味を持つのはいい事だよ」
「先代様!何をおっしゃるのですか!外は危険です!それに、この規律をお造りになられたのは他ならぬ先代様です」
「それを言われると辛いね。だけどね、何千年も前の規律なんだ。その時と今とは事情も変わってきているのもまた事実なんだ。これからは外の種族との積極的な交流も必要かもしれない。他里に関しては、既にそういう考えを持っている者もいるようだよ。基本的に他里に関しては、他里に任しているからね」
「し、しかし、危険では・・」
「アニももう子供ではない。自分の身くらい自分で守れるよね?僕は知っているよ。アニが毎日毎日魔術の鍛錬に励んでいる事を」
アニは、多少なりとも後ろめたさを感じていた事もあり、隠れて魔術鍛錬に励んでいた為、それがバレていた事に驚いていた。
「ご存知だったのですね・・・。私は、生まれながらに魔術の才能が皆無でしたので、かなりの年月を費やしてしまいましたが、それなりに強くなったつもりです」
「うん。そのがむしゃらな努力。称賛に値するよ。さて、ではもう一度聞くよ。外は危険だと分かっていて、それでも行きたいのかい?」
アニは、真っ直ぐに先代様の目を見つめ、頷く。
「はい!ある人と約束したんです。私はこの里を出て、新しい世界を見たいと」
「うん。分かった。シャルトリーゼもいいかい?」
シャルトリーゼは、まだ反対したい気持ちはあった。
しかし、真っ直ぐな我が子の目と先代様が許可を出している事から、首を横に降る事が出来なかった。
「はい・・・。アニ、危険な事はしないでね。約束とやらが果たされたらちゃんと戻ってくるんだよ」
「ありがとうございますお母様」
アニとシャルトリーゼが抱き合う。
「もし、外の世界で彼女に会う事があれば、よろしく伝えておいてくれるかい?」
「分かりました」
その時アニは、先代様の言われていた彼女と言うのが、昔この里を訪れた魔女スメラの事だとすぐに分かった。
しかし、同時にスメラは人族であり、自分たちのような長寿な種族ではないとアニは習っていたから、恐らくもう生きてはいないだろうとも思っていた。
「これを持って行きなさい」
先代様が手渡したのは、小さな青い石だった。
「浮遊石と言ってね、装着者の魔力を媒介にして一定時間空を飛ぶ事が可能なんだ」
「わぁ、ありがとうございます!」
「うん。じゃぁ、僕はそろそろ戻るよ」
「先代様、アニを気遣ってくれてありがとうございます」
シャルトリーゼが頭を下げる。
ハイエルフたちの開祖でもある先代様は、同族からでも崇められる存在だった。
一方、生まれて初めて里の外に出たアニは、只々その光景に圧倒されていた。
「私の里って、こんな空の上にあったんだ・・・」
アニは足が竦みそうになるのを必死に堪える。
周りを見渡すが、断崖絶壁で前へ進めなかった。
「やっぱり怖いから戻るだなんて・・・ダメダメ頑張れ私!」
先に進めれる場所がないか、アニが岩壁沿いを探索していた時だった。
目の前を体長2m程の幻獣が現れたのだ。
咄嗟に身を屈め、杖を手に警戒態勢に入った。
しかし、幻獣は数回アニの頭上をクルクルと旋回するとアニの前に降り立ち、服従のポーズである、
「えっと、何が何だか分からないけど、これって私に従うって事だよね?そうだよね?油断させて、いきなりガブッなんて無しだからね?」
アニは、幻獣もといグリフォンの頭を恐る恐る撫でた。
グリフォンは、それが嬉しかったのか、頭をアニの身体に擦り付ける。
その様を見たアニは、ホッと胸を撫で下ろす。
「何だか分からないけど、お前の名前は今日からグリだよ。私を乗せて飛んでくれるかい?」
「グオォォォ!」
「グリは賢いね。私の言ってる事が分かるのかな?」
「グオォ」
「よしよし、いい子いい子」
アニは、早速グリの背中にまたがる。
グリもまたアニの言葉をちゃんと理解しており、アニを乗せるとそのまま、ゆっくりと飛び立った。
アニは、故郷を背に、自らの決意を心に誓う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そんなこんなで、今に至ります」
自分の生い立ちを簡単に説明するとアニは満足げな表情で、俺に抱き着く。
「事情は何となく分かったけど、最後かなり端折っただろ?」
「うん、里から出てからここに来るまでがよく分からなかったよ」
「二人とも分からなかったんですか?私にはちゃんと分かりましたよ。きっと、里から地上に降りたら、マルガナ国があったんですよ!だから説明がないんです!」
「ちなみに里を出てから今日でちょうど2年くらいです」
「え、2年なの!」
「割愛し過ぎだ」
「私の推測が間違ってた事には誰も触れないんですね。悲しいです。きっと、アニちゃんにも今の私のように聞くも涙、語るも涙の壮絶な物語があるんですよ〜」
アニは首を横に振っていた。
「語れるような事は何もありませんよ。只ひたすらにある人物を探して彷徨っていただけなんですから」
アニは、顔を埋めたままだった。
少しだけ湿っぽさを感じたので恐らく、泣いているのだろう。
これまでの冒険の日々を思い出しているのだろうか?
「一人旅ってのは、何かと大変だよな。俺も最初は一人だったからさ・・」
「ううん、いいんです!全ては旦那様に出会う今日この日の為だと思うと、辛かった日々の事も乗り越える事が出来ます」
ルーのおふざけならいつものようにチョップして終い
なんだけど、真面目で真剣な分、むげな対応は出来ない。
「でもだめだよアニ」
「何がダメなんですか?」
「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだから、アニには渡せないよ!そ、それにお兄ちゃんには、エレナさんもいるし!」
ちょっと、なんでそこでエレナの名前が出て来るんだ・・。
「旦那様、そのエレナさんと言うのは、何処の何方なんですか?」
はぁ、こういうやりとりが一番面倒いんだよな・・。
「いいから、もう寝るぞ。俺は明日朝早いんだ」
「いや、でも、私気になって寝れませ・・」
部屋の明かりを消して、強引に寝る作戦に出る。
ワーワー騒ぐ声がしたが、無視だ無視。
そのまま無事に?朝を迎えた俺は、部屋の中の異変にまず目を疑った。
「一体、朝っぱらから何してるんだ二人とも」
机を挟んで、ユイとアニが睨み合っていた。
「旦那様おはようございます。お互いの事をちゃんと話して、お互いの事を理解する努力をしていました」
「お兄ちゃんおはよう!昨日の夜からアニさんと真剣な話をしてるの」
一睡もせずに何してるんだか・・。
ルーはと言うと、、離れた所でスヤスヤ寝ている。
朝支度を整えて、朝食の準備だ。
バスケットにこんもり詰まったパンをストレージから取り出す。
これに特製チーズを塗りたくって食べるのが美味しいんだよね。
「先に食べるぞ」
2人は話し合いというか睨み合いしてるだけな気がするんだが・・・あれか、心の中で会話でもしているとか?
念話?そうだ!念話が使えるんだな!
目の下にクマが出来てるあたり、眠いのを我慢してるのか。
「じゃあ俺は国王様の所に報告に行って来るから」
少し、薄情な気もするが、敢えて口を出さない方がいいと判断した。
2人は依然として睨み合ったままだった。
「2人とも、程々にな」
それだけ言い残し、宿を出る。
城に向かった俺を出迎えてくれたのは、ムー王女でも国王様でもなく、多数の兵士たちだった。
城へと続く通路の両サイドにズラリと勢揃いしている。
そして皆口を揃えて、
「英雄様の凱旋だ!」「英雄様万歳!」「英雄様お帰りなさい!」
などと言っている。
この状況を俺は1人飲み込めないでいると、ムー王女がこちらへ向かって歩いて来るのが見えた。
「お帰り、久しぶりじゃな」
「えっと、た、ただいま戻りました」
「もうそんなに畏まらなくても良いぞ。其方はもうこの国の英雄なんじゃからな」
ならば、遠慮なく。
「・・・どうしてこんな事になってるんだ?」
「其方はこういうのは嫌いか?」
「嫌いだな。極力目立たずに穏便に暮らしたいんだけど」
「妾もそう思っていたのだがな、今回ばかりはそうも行かないみたいでの。何せあの
「もしかしてそれが広まってるのか・・」
「うむ。この王国全土にの」
「まじか・・」
「まじじゃ」
取り敢えず、ムー王女の部屋まで案内してもらう。
「いいなユウ。先程も言ったが、其方は今、この国では英雄扱いされておる」
「それで俺はこれからどうなるんだ・・」
「まずは、国王への報告じゃな。今、ギルドの代表者や貴族の代表者を呼んでいるところじゃ」
「報告じゃなくて、尋問じゃないかそれ」
「まぁ、報告はまだましじゃ。問題はその後じゃ」
「あんまし聞きたくないなそれ」
そんな俺の気を知ってか知らずか、淡々と話を進めるムー王女。
「国王は、ユウに国定勲章を定めると言っておった」
「ん、国定勲章?」
「この国に対して多大なる貢献をもたらした者に贈られる勲章じゃ。数年に一度しか贈られる事がないんじゃぞ?」
「全然嬉しくないんだけど?」
「ま、其方はそう言うだろうとは思ったがの」
「それって、拒否権はないんだよな?」
「ないであろうな」
はぁ・・・。
今後も旅を続ける以上、極力目立ちたくなかったんだけどね。
俺が一人項垂れていると、ドアをコンコンとノックする音が聞こえた。
「どうやら報告会の準備が整ったみたいじゃな」
「覚悟を決めるか・・・」
「うむ。懸命じゃな」
その後ムー王女と一緒に、広い部屋に案内された。
やはりと言うか、想像していた通りの部屋に通された。
中央に証言台があり、後方、前方に傍聴席が設けてある。
俺以外の参加者は既に到着しているようで、ざっと数えただけで30人は下らなかった。
部屋に入るな否や、参加者からの大喝采が沸き起こった。
その殆どが、俺のやった功績を讃えるものだったが、中には罵倒や嫌みなどの反感的な内容も含まれているようだった。
冒頭まずは、国王様からの一言で報告会が始まった。
「まずは、ユウ殿の今回の功績を大いに讃えたい。本当に良くやってくれた」
「私一人の力では到底成し遂げる事は出来ませんでした。仲間たちや勇者ギール様たちあっての功績です」
謙虚な姿勢は大切だ。
こうして、報告会と言う名の尋問がスタートした。
マルガナ国に到着してから
閉鎖空間に飛ばされて一騎討ちした辺りは公言せずに留めておく。
聞かれたら否定はしないけど、こちらから言うまでもないと判断したからだ。
一通り説明が終わると、今度は出席者からの質問責めだった。
その内容は、
普通に考えて、そんな事俺が知るはずないだろ!と反論したい衝動に駆られたが、グッと堪える。
そして、最後に待っていたのは予想通りの出来事だった。
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