第190話: 合宿1

「ユウ殿、我がバーン帝国で勇者をやってはくれぬだろうか?」


予想通り勧誘だった。

国王の隣にいるムー王女は、何故だかニヤニヤしていた。

きっと俺が困っている姿が面白いのだろう。


「勿論、今回は特例として世界を旅する事は続けて貰っても構わない条件を出そうじゃないか」


考えるまでもなく、俺の答えは決まっている。

勇者になるつもりなど毛頭ないのだ。

しかし、ただ断ってもまた勧誘されるのは目に見えていた。

なら多少なりともこちらが譲歩するしかないだろう。


「すみません、勇者になるつもりはありません。しかし・・・」


俺は転移を発動させ、一瞬の内に部屋の後方まで移動してみせた。


「な、なんだ!一瞬で場所が変わったぞ」


人族の間では、あまり転移というのは、周知されていない。

魔族は当たり前のように全員が使ってるんだけど。


やはりこの場でもどよめきが挙がっていた。


「勇者への要請はお受けできませんが、俺はこの転移の力で、この国が危機に陥ろうとしている時は、最大限の協力を惜しまない事を約束します」


俺なりの最大限の譲歩だった。


国王様もどうやら勇者推しを諦めてくれたようで、以降勇者要請してくる事はなかった。


その後は、国定勲章授与に関しての打ち合わせだった。

この場には既にギルド長たちや、貴族の代表者たちの姿はなく、王族関係者のみとなっていた。

そういえば、いつの間にかムー王女の姿も見えなかった。


勲章授与は、双方色々と準備があるようで、1週間後となった。

式典に相応しい衣装で来るように言われたが、生憎とそんな衣装は持ち合わせていない。


後でムー王女にでも相談してみるかな。


拘束から解放された頃にはいつの間にか日が暮れ始めていた。


意外と時間が掛かっちゃったな・・みんなお腹を空かせてるだろう。帰り際に何か食料を調達しておくかな。


宿に戻ると、明かりが消えていた。

てっきり誰もいないのかと思いきや、机の上に肘をついて項垂れているルーがいた。


「ひもじいよぉ・・・死んじゃうよぉ・・・」


たった1日抜いたくらいでえらい大袈裟だな。

取り敢えずルーは無視だ。

アリスは、機能停止中だった。

正座で壁にもたれかかっていた。

他の三人はっと・・・あ、居た。


仲良く揃ってベッドで寝ているユイとミラとアニの姿が見えた。

朝出かける前は気不味い雰囲気だったけど、少しは打ち解けてくれてたら嬉しいんだけどね。


「ルー、帰ったぞ」


ルーがゆっくりとこちら側へ振り向き、ジト目を向けて来る。


「お腹が空きすぎてユウさんが、お肉に見えます・・」

「お前が言うと冗談に聞こえないからな。まぁ、取り敢えずあれだ。帰るのが遅くなって悪かったよ」


帰り際に買い漁った食料を机に並べる。


「お詫びにこれ全部食べていいから」


ルーは、獲物を見つけた狩人のようにその視線は、ガッチリと食料をロックしていた。


「言いましたね?本当に全部食べますよ?いいんですね?」


返事を待たずして食料にがっつくルー。

普段なら「もう少しレディらしくしろ」と文句の一つでも言ってやるのだが、今回は俺に非があるので、許す事にする。今回だけだからな?


「そう言えば他のみんなはいつから寝てるんだ?」


ルーは、食べる事が忙しいのか、俺の質問に答える暇がないようだ。

まぁ、起きたら分かるか。


今日は酷く疲れた気がする。

体力は使ってないけど、精神力を大量に使ったからな・・・。

早く休むことにしよう。


疲れは次の日まで残さない。


ベッドは一つしかない為、起こさないようにベッドに入り、眠りに就く。



「お兄ちゃんおはよう」

「旦那様おはようございます」


二人の可愛らしい声で目が覚めた。


「二人ともおはよう」


見れば、俺の両サイドをそれぞれ二人が陣取っていた。


「昨日は悪かったな、意外と長引いちゃって、戻ってきたら夜だったんだ」

「うん、大丈夫だよ。みんなで仲良くお留守番してたし、バスケットのパンもあったしね」


そういえば、こんもりと詰まっていたバスケットのパンが見事に完売していたっけな。

ん、みんなで仲良く?

聞き間違いか?

いや、そういえば、やけに二人とも仲が良いような気がする。

さっきから、お互いが着ている服の事について話してるし。

と言う事は、無事に打ち解けたのだろうか?

俺は一人ホッと胸を撫で下ろす。


「マスター。魔力の補給をお願いします」

「お、了解」


アリスが俺の膝の上にひょこんと座る。

主人契約を結んでいる俺に触るだけで、アリスは魔力を補給する事が出来る。

一定以内の距離に入れば補給は可能だが、それは微々たるものなので、実際に触れ合ったほうが効率的なのだ。

スキンシップは大切って事だね。


「ユイさん、あのアリスさんと旦那様とはどう言ったご関係なんですか?」

「あ、アリスはね、んー私も良く分からないけど、お兄ちゃんを守ってるすっごく強い騎士だよ」


アリスって騎士だったのか。俺も知らなかった。


「なるほど、騎士さんですか。きっと相当お強いのでしょうね」

「すっごく強いよ!私たちの中では、お兄ちゃんの次に強いよ」


アニが驚いた顔をしている。


「旦那様はやっぱり、お強いんですね」

「うん、お兄ちゃんすっごく強いよ!今回もあの不死の王ノーライフキングを一人で倒しちゃったんだもん」

「不死?良く分かりませんが、旦那様がお強いのは良く分かりました。アニは凄く嬉しいです」


自分の事を褒められると言うか話されるのって、何だかむず痒い。


「あんまし俺を持ち上げるなよ。自分ではこの中で一番弱いと思ってるんだから」


謙遜ではない。

俺は基本的なスペックが高いだけで、動き的な面で言えば、まだまだ初心者のレベルだと思っている。

仮に皆が俺と同スペックだった場合、一番弱いのは間違いなく俺だ。

こればっかりは、この世界に来て2年程度しか経っていない俺と、この世界で何年も生きている皆とではそもそもスタートラインからして違う。

ましてや、限界突破などというチートスキルを得てしまってからは、人外なんて程度ではないだろう。


あれ以降、戦闘という戦闘はしていないが、自分がどんどん規格外になっていっているようで、正直怖い。自分がどうしようもなく自分で怖い。

仮に仲間たちがいなくて、自分一人だった場合、平静を保っていたかどうか怪しい。

そもそもここまで、生きてはこれなかったかもしれないな。

そこは感謝しなくちゃな。


「お兄ちゃん、どうして泣いてるの?」


言われて気がついたが、色々と考えているうちに涙を零していたようだ。


「ああ、目にゴミが入っただけだ、気にしないでくれ」


俺は、昨日の国王様にされた話を皆に説明する。

そう、国定勲章授与式の事だ。


「本当はすぐにでもミラの故郷探しをしたいんだけどな。授与式は、ただ参加するだけじゃなくて、色々とこっちも準備が必要みたいなんだ」

「珍しいですね、ユウさんはそう言うのにはあまり興味を示さないと思ってました」

「ああ、そうなんだけどな。今回に限っては俺に拒否権がなかっただけだよ。本当だったら、こんな面倒な話、すぐに断ってるところだよ」


ユイがミラとヒソヒソ話をしている。


「お兄ちゃん、ミラは大丈夫みたい。一緒に探す手伝いをしてくれるだけで、嬉しいみたいだから」

「そうか」


ミラの前に移動する。


「いいかミラ。約束する。俺たちが絶対にミラを故郷まで連れて行ってやるからな」


ミラは返事こそはしなかったが、小さく頷いた。

まだまだミラに信用されるには時間が掛かるようだ。


さて、俺はこれから厳しい合宿が待っている。

合宿なんてのは、高校時代の部活動の合宿以来だった。


なんでも、授与式は各国の王族を始め、貴族たちも多数訪れる。

これは、バーン帝国の偉大さを周辺国へ見せつけるのが狙いだとムー王女は言っていた。

早い話が、バーン帝国に手を出すと、俺が黙っていないって事らしい。

国お抱えの勇者にはならないと言ったんだけどね。

彼らはどうしても俺を政治利用したいらしい。

確かに窮地には駆けつけるとは言ったけど、国同士のイザコザに関わるつもりは毛頭ない。


それとは別に、授与式にはそれなりの作法が必要になるらしく、貴族でもなく、当然この国の住人ですらない俺には、王宮作法なんて知る由もないわけで、その辺りの所をムー王女に見透かされていた。


つまり合宿だ。

3日間の合宿で王宮作法の全てを叩き込んでくれるらしい。

有難い話なんだけど、何故かやる気が湧かない。

と言うか、3日間もそんな事出来るか!


投げ出して逃げたい気分に苛まれたが、王宮作法というのは、覚えていて損はない。

という事で言いくるめられてしまった。


「ユウ様、この方が新しいお仲間で、アニさんと、ミラさんですか?それと話には何度か聞いていたルーさんですね」


合宿というのは当然泊まり込みな訳で、3日間もユイたちだけにしておくのは、正直危なっかしくて見ていられない。

という事で、俺のいない間の助っ人を呼んでいた。


「ああ、そうだよエレナ」


エレナは、エルフの里、プラメルのお姫様だ。

以前、彼女の窮地を何度も助けた事があり、家族ぐるみで親しくさせてもらっている。


エレナには、時々、逐一旅の報告をしていたので、こちらの事情に関してはバッチリ把握していた。

と言うか、報告に来ないと、怒られると言うか、長時間の小言が待っている。

どうしても行けない時を除いては、なるべく週一で報告に行く様に心掛けていた。

自身の身の安全の為でもある。


「どうして、エレナさんがここにいるの?」

「ああ、俺が居ない間、代わりにみんなと一緒にいて貰うんだよ。出掛ける時とかさ、ご飯の世話とか色々とあるだろ?」


ユイが飛び上がって喜んでいる。

あれ、そんなに舞い上がる程だとは思わなかった。


「ほんと!?エレナさんの料理すっごく美味しいよ!」


なんだ、やはり食べる事に関してか。

だけど、それは俺も同感だ。


「私もユイさんからお話しか聞いていませんでしたが、それはもう、頬がとろける程の絶品料理だとか!」

「ユイちゃん、褒め過ぎです。多少、料理の心得があるくらいですよ」


その時、宿の入り口にノック音が聞こえた。


「ユウ、迎えに来たぞ」


この声は・・

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