第188話: アニの過去編

「す、すごいです!旦那様は空も飛べるんですね!」


俺たちは、マルガナ国からバーン帝国へ帰路に就いていた。

最近はもはや定番となっている空飛ぶ絨毯で移動中だ。


そして、さっきから興奮しているのか、アニがはしゃいでいた。


「あんまし興奮して落ちるなよ」


マルガナ国を出発してから数時間余りが経過していたが、何となく空気が重い気がするのは気のせいだろうか。


「ユイ、いつもみたいに下の景色を覗かないのか?」

「そんな気分じゃないの」


そんな事を言い、俺の右手をギュッと両手で抱いている。


終始気不味い雰囲気のまま、俺たちはバーン帝国へと戻って来た。


本日は宿を探し、国王様への報告は明日にする。

色々と宿を探してみたが、結局前回泊まっていた場所に落ち着いた。

宿の女将さんが美人だしね。

決め手はそこだ。


そしてその日の夜、事件が起きた。


「ねえ、アニちゃん。なんでお兄ちゃんの横で寝てるのかな?」


と言うのも、俺がベッドに入った途端、アニが隣を陣取ってきたのだ。

ユイは、どうもそれが気に食わないらしい。


「私が旦那様の隣にいるのは、何か問題がありますでしょうか?」

「問題あるよ!お兄ちゃんとベタベタしていいのは、妹の私だけなんだからね!」

「妹ですか・・・親近相愛の方が何かと問題があると思いますよ。旦那様と私は、お互いに認め合った間柄ですし、今も旦那様は拒みはしていませんし、何の問題もありません」

「難しい事は分からないけどとにかく駄目なの!」


傍観していたが、このままだと本当に喧嘩になってしまいそうな勢いだな・・・。


「取り敢えずあれだアニ」

「はい、何でしょうか旦那様?夜のご奉仕ですか?私の方は準備は整ってます。先程湯浴みも済ませてきましたので・・」

「いやいやそうじゃなくてだな。まだ詳しく聞いてなかったんだけど、アニがあそこにいた理由、俺を旦那様と呼ぶ理由をちょうど今みんながいる事だし、話してくれないか?」

「そうですね・・・」


アニは、神妙な顔つきで、何処か遠くの方を眺めている。


「分かりました」


半ば重苦しい雰囲気の中、アニは語り出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まだアニが若い頃の話



「ねえ、フランセル。アニを見なかったかしら?」


フランセルは、アニ家が雇っている専属メイドだった。

勿論、フランセルもハイエルフだ。


「シャルトリーゼ様。アニ様は、朝早くからお出掛けになられましたよ。恐らくいつものように、魔女様の元に行かれているのでしょう」


魔女様と言うのは、現在このハイエルフの里を訪れている魔女スメラの事で、彼女はこの世界を旅して回っている放浪者でもあった。


本来、このハイエルフの里には余程の理由が無ければ他種族は入る事が出来ない。

そもそもこの場所に辿り着く事さえ不可能とされていた。

それを可能としたのも、彼女が魔女と呼ばれている所以なのかもしれない。


「またスメラの所ですか。ここの所毎日のように通っているわね」

「アニ様は、外の世界に憧れています。恐らく外から来た魔女様の譚に心を奪われているのでしょう」

「私たちハイエルフは、外の世界の住人とは一線を置かなくてはならないの。おいそれと外の世界に出る事は許されないの。勿論交流を持つ事もね」

「それは、当然ながらアニ様もご存知だと思います。それに、魔女様は先代様・・・も滞在許可を許して下さっていますし、例外かと思われます」

「分かってます。違うんです、私は怖いんですよ。好奇心旺盛なあの子がいつか、この里の外世界に旅立って行ってしまわないかと・・」

「あはは・・・アニ様ならありえそうですね・・」


一方その頃アニは、


「魔女様!今日は、お外のどんなお話を聞かせてくれるんですか!」

「ははは、良く来たね。チミっ子」

「チミっ子違うよ。アニだよ。毎日来てるんだから、いい加減名前くらい覚えてよ」

「ははは、まぁ、いいじゃないか。それより話だったね。うーん、そうだなぁ、じゃあ、これなんかどうだろう?一人の冒険者、後に勇者と呼ばれる少年が凶悪な竜に立ち向かう物語さ」

「うんうん!それ聞きたい!!」

「まあまあそう興奮しなさんな。お話は決して逃げないからさ」


魔女の語る話は、それまで、里の中の事しか知らなかったアニにとって、全てが新鮮に聞こえた。

心の底から湧き上がってくるワクワクが興奮が抑えきれなくなってきた。

そして、いつしかアニの中にある感情が芽生え始めていた。


ある時、アニは魔女にある頼み事をお願いした。


「ねえ、魔女様。占いって出来る?」

「私に出来ない事はないよ」

「ほんと!?じゃさ、一つ占ってよ!」

「いいだろう。それで何について占うんだい?」


アニはモジモジしながら口を開く。


「私の・・・未来の旦那様について・・」

「はははっ、アニもまだまだチミっ子だと思っていたが、そう言う事が気になる年頃になったんだなぁ」

「わ、笑わないでよ!ま、真面目に言ってるんだから・・」


顔を真っ赤にするアニ。


「あー悪かったよ。笑ってしまったお詫びにちゃんと占ってあげるからさ」


そう言うと、スメラはどこからともなく水晶を取り出すとそれを机の上に無造作に置いた。


「なんですかこれは?」

「ん、これはな、念じれば未来を教えてくれるありがたい球なんだ」

「すごい!そんなのがあるんですね!」

「魔女である私に不可能はないのだ。それで?占う事は、将来の伴侶だったな」

「は、はい・・よろしくお願いします・・」


アニは恥ずかしくて、前を向く事が出来ないのか机に顔を伏せている状態だった。


ほんのりと耳が赤い。


スメラは、そんなアニの様子など御構い無しにと声にならない呪文めいたものを唱えた。

すると、水晶が淡く光り出した。

何かしらの映像が映し出されるのかと思いきや、現れたのは、ただの羅列された文字だった。

魔女語と呼ばれるその文字は一部の魔女にしか読む事が出来ないと言われていた。


「ふむふむ。なるほどな」


それを見るなり、一人頷く魔女様。

そして、数十秒と経たずして、水晶から輝きは失われた。


「喜べアニよ。結果が出たぞ」


アニは机に顔は伏せたまま、片目だけをヒョコンと出していた。


「どうやらな、将来アニの伴侶と成り得る人物はこの里の者ではないようだな」


硬直するアニ。

本来ハイエルフは、ハイエルフ同士が番いとなるのが原則となっている。

希少種であるハイエルフは、他種と交わってしまうと、生まれてくる子は、エルフか相手側の種族となってしまうのだ。

更には、ハイエルフは、受精率が極端に低い。

その率は通常種の5分の1以下とも言われていた。

どの種も自らの種を絶やす訳にはいかない。

故に、番いは同種が原則と定められていた。


「え、それはどういう事でしょうか?もしかしてそれって・・」


アニは上目遣いで魔女を見る。


「いやいや、勘違いしていないか?少なくとも私はそういう趣味嗜好はないからな?」

「で、でも私たちハイエルフは、里の外へは行ってはいけない決まりになってるんです。里以外の者となれば、今は魔女様くらいしか・・」

「だからそんな潤んだ目で私を見るな!占いにはちゃんと続きがあるのだ。それに、もっと何十年も先の話だ。今すぐじゃない」

「なんだ、そうだったんですね・・・勘違いしちゃいました」

「いいか、最初に言っておくが、これはあくまで占いだからな?アニは、この里を離れる時が来る。その旅先の道中で、アニ自身を窮地から救ってくれる者こそ、理想の伴侶となるだろう」

「私の理想の・・・旦那様・・・」

「おい、アニよ。ちゃんと話を聞いているか?アニ?」


魔女が話しかけるが、アニは既に自分だけの世界に入っており、連れ戻すのは容易では無かった。


その後もアニと魔女スメラとの交流は続く。


そんなある日の朝、


「本当に旅立たれてしまうんですね・・」

「うむ。私は旅人だからな。それにこの場所で目的もあらかた終わったのでな」


下を向いて落ち込むアニ。

スメラがこの里を訪れてから早3ヶ月が経過していた。

その間、スメラと一番多く話したのも言うまでもなくアニだ。

こっそりと魔女に修行をつけて貰うまでに。

そしてアニはスメラの事を姉のように慕ってもいた。

それ故にスメラがこの里を去ると言うのは、アニにとっては、肉親と別れるにも等しかった。そして、この里から出れないアニにとっては、今生の別れとも呼べるものだった。


「そんな顔をするなアニよ。私の占いではな、また何れ何処かで会えると言う結果が出ていたぞ」

「本当?」

「ああ、だから顔を上げて笑顔で見送ってくれないか?」


アニは、溢れそうになった涙を拭う。


「はい!魔女様もお元気で!また絶対会いましょう!」

「うむ。それでいい。ああ、そうだ。優秀な弟子であるアニにこれを渡しておこう」


魔女は、いくつかの巻物をアニに手渡した。


「何ですかこれは?」

「まぁ、後でゆっくり見てくれ。きっとアニの役に立つはずだから」

「ありがとうございます」

「うむ。じゃあ達者でな」

「はい!魔女様もどうかお元気で」


アニは、姿が見えなくなるまでスメラの向かった先を見て手を振っていた。


「あの者は相変わらず変わった人物だったな」


いつの間にやらアニの頭の上に手を乗せ、ポンポンと叩いている人物がいた。


「いつの間に・・・。そういえば、先代様は魔女様とお知り合いだったんですか?」

「そうだね。昔ね、アニが生まれるずっと昔に一度だけ会った事があるんだ。たぶん、あっちは覚えてないと思うけどね」


それだけ言うと、消えるように何処かへ去ってしまった。

その時の先代様の表情は、何処か遠くを見るようで、それでいて物悲しそうな顔をしていた。


「あれ?そういえば先代様が姿を見せるなんて、珍しいなぁ・・」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スメラがハイエルフの里を出てから80余年が経過していた。


「お母様、私お願いがあります」

「なんですか?改まって」

「私ね、この里の外に出ようと思うの」

「な・・・何を言い出すのかと思えば、この里の掟をまさか忘れた訳ではありませんよね?」

「はい、勿論です。ですけど、私、もう決めたんです・・」

「認められないわ。外の世界は危険なの。他種族に見つかれば、捕まって、最悪の場合、命を落とすなんて事もあるんですよ?」

「それでも私・・・」


聞き分けのないアニに対してシャルトリーゼは、声を荒げる。


「いい加減にしなさいアニ!」


しかし、そんなアニに救いの手を差し伸べたのは意外な人物だった。

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