第157話: シュリの両親の物語【前編】

「幸せな家庭にしましょうね・・」

「ああ、キミが望むなら」


愛を誓い合っている2人の人物は、男性の方は竜人族の姿をしている。

名前は、ギリアム。

しかし、女性の方は竜人族ではなく、人族の姿をしていた。

名前は、マニラ。


本来、竜人族と人族が一緒になる事はない。

しかし、なってはいけないという決まりもない。


人族と獣人族は共通言語を話す為、一緒になるという事は、よくある話だった。

しかし、竜人族は獣人族と違い、共通言語を話す事が出来ない。従って、一緒になる敷居は、獣人族よりも遥かに高い。


ギリアムは、竜人族の身でありながら、人族であるマニラを愛していた。



2人の出会いは、半年程前に突然訪れた。


竜人族たちは、本来ひとところに留まることはしない。移動性の種族と言われている。

長期滞在しても精々1ヶ月程度だろう。


非常に好戦的で知られる彼等だが、実の所、性格は温厚な者が多い。

同族たちと相対すれば、どちらかが降伏するまで戦いが行われる。

それは、竜人族固有の掟のようなもので、単に戦闘好きという訳ではない。


そんな中、ギリアムたちがガザスト平野を移動中の出来事だった。


「少し休憩にするぞ」


部族のリーダーをしているナイツが全員に目配せする。

既に半日以上歩き通しで、皆が疲弊していると悟ったからだった。


「どうしたギリアム?」


ギリアムは、何かの気配を察知したのか、辺りをキョロキョロとし、気配を伺っていた。

「気のせいだとは思うが、少し辺りを偵察してくるよ」

「ああ、いつも悪いな」


ギリアムは、部族の中でもリーダーに次ぐ実力者でもあり、人一倍責任感が強く、また、分け隔てなく優しく接しているギリアムを、誰もが認めていた。


皆から離れ、まるで何かに導かれるようにギリアムは、突き進む。

身の丈程はある雑草を掻き分けながら更に奥へと進んで行くと、誰かの悲鳴が聞こえてきた。

しかし、ギリアムには何と叫んでいるのか聴き取ることが出来ず、ただその声が聞こえた方へと足早に足を進める。


そして、すぐに悲鳴の正体と原因が明らかとなった。


人族の女性がオークに襲われていたのだ。


所々、怪我をしているのか、衣服に血が滲んでいる。

確か、この辺りには人族の住処は無かったはずだと考えながらも、目の前で今にも棍棒で殴られそうになっている人族を、例え同族ではなくとも、また見ず知らずの人だとしても無視してこの場を去る事など、ギリアムには出来なかった。


すぐに人族とオークとの間に割って入る。

オークの背丈は、ギリアムよりも大きく、その顔は豚のようで、物凄い醜悪な表情でギリアムを睨んでいた。

しかし、眼光の鋭さならば、竜人族のギリアムも負けてはいない。睨み返して、応戦する。


オークが何やら叫んでいるが、当然ギリアムには、その言葉は理解出来ない。

また、背後の人族の女性も何やら喋っているが、当然こちらも理解する事は出来ない。


しかし、ギリアムは唯一人族の言葉で知っている単語があった。


「・・・マ、モル」


通じたかどうかはギリアムには分からない。知ってると言っても、人伝ひとづてで聞いただけなので、自信は無かった。


ギリアムは、人族の女性を背にしているので、その表示を垣間見る事は出来なかったが・・


彼女は確かに頷き、そして、返事を返したのだ。


「ありがとう・・」


勿論、言葉の分からない、この時のギリアムには知る由もなかった。


苦戦を強いられつつも、ギリアムは見事にオークを倒す事に成功した。

しかし、その際に怪我を負ってしまった。


目の前の人族の女性は、涙を流して頭を下げていた。

その光景を振り返ったギリアムは目の当たりにする。

言葉が通じずとも何を伝えたいのかは、分かる。

感謝しているのだと、何処かホッとしたような気持ちになったギリアム。


改めて、目の前の人物に目をやると、自分以上にかなりの出血が見られた。


すぐに手当てが必要だと思い、腰に巻いた小さなバッグからポーション管を1本取り出すと、人族の女性へ手渡す。

頷きながら手渡す事で、言葉が分からずとも自分の意思を伝えたつもりだった。


何も疑う事なく、彼女はそれを手にとり、お辞儀をしてから一気に飲み干す。


ギリアムも同じようにポーション管を取り出すと、同じように、ぐいっと一気に飲み干した。


ギリアムは考えていた。


彼女とこのまま別れても、またすぐにモンスターの餌食になってしまうのが関の山だろう。

故に、近くの人族の住処まで送るしかないと。

しかし、元々移動性の種族であるギリアムは、この辺りの地理に詳しくないのは当然だった。


送り届けるにしても、どう進めばいいのか皆目見当もつかない。


仲間に助力を貰うしかない。

そう判断したギリアムは、彼女の手を取り、元来た道へと戻る。

彼女の方も、何処に向かっているのか疑問ではあったが、身を呈して守ってくれた人なのだから、きっと悪いようにはしないだろうと確信していた。


「よお、ギリアム遅かったじゃないか・・って、お前、そいつは人族か?」


本陣から少し離れた所で見張りをしていたクナイと言葉を交わす。

クナイとは、幼馴染で生まれた頃からの親友でもあるギリアムは、何でも話すことの出来る真に親友と呼べる存在だった。


「うん、襲われていたとこを助けたんだ。道に迷ってるようだから、ちょっとひとっ走り送って来ようと思ってな」

「ほんっと物好きだよな。言葉も分かんねえってのによ」

「クナイは、知らないか?この辺りに人族の街がないかどうか」

「知らんな。そういう事なら、サルメに聞いてみろよ」

「そうだな」


サルメとは、この部族の作戦参謀を任されている、ブレインだ。

サルメなしでは、部族間抗争で何度敗北していたのか分からない程に。


ギリアムは、博識のサルメならきっとこの辺りの地理の事も知っているだろうと思っていた。


しかし、大勢の竜人族の前に彼女を連れて行っても大丈夫だろうか?

仲間の中には、多くはないが、好戦的な奴もいる。

イキナリ問答無用で襲ったりは流石にしないとは、思うがギリアムは、不安だった。


「クナイ、悪いけど、この人族を見ておいてくれないか」

「なんで俺が?」

「ちょっと、サルメに情報を貰ってくるのと、送り届ける為の一時離脱の許可をリーダーに貰って来るまでだよ」

「シュメル3枚で手を打つぜ」


シュメルとは、干し肉の総称で保存性に優れている事から、移動性の種族である竜人族の間では比較的好まれて食されている食べ物だった。


「分かった。じゃそれで頼むよ。怯えているから、くれぐれも怖がらせないでくれよ。絶対だよ?」

「分かってるって、いいから早く行って来いよ」


ギリアムは、身振り手振りで、彼女に此処にいるように伝え、コクリと頷く彼女を見て、何とか伝わったものと理解し、その場を後にした。



「だめだ!」


サルメから既にこの辺りのある人族の街の情報を手に入れたギリアムは、部族のリーダーであるナイツに一時離脱の許可を頼んでいた。


「送り届けたら、すぐに戻りますから」

「俺たちは、すぐにこの場を離れる必要がある」


リーダーの話はこうだった。


サルメからの情報によると、ここら一帯は、オークのテリトリーとなっているらしい。並みのオークよりも強く、非常に好戦的らしく大群に襲われたらひとたまりも無い。故に今すぐ離れる事に決まったそうだ。元々小休止の為だけに立ち止まっただけなのだ。


「確かに、さっき1体のオークと戦ったけど、普通のオークよりも体格が良くて、かなり苦戦したよ」

「なら、尚の事すぐに出発する必要があるな。どうしても行きたければ、俺たちの匂いを辿って追いついてこい。お香の蓋を開けといてやる」

「ありがとうございます。送り届けたらすぐに合流します」


何とかリーダーの許可を得たギリアムは、早速彼女を迎えに行き、一緒に人族の街に向けて出発した。


サルメからの情報によると、ここから90km程南に進んだ辺りに人口5000人規模の街があると言う。

彼女の故郷がそこかどうかは不明だが、同じ人族同士ならそこまで送り届ければ大丈夫だろうと思っていた。


道中も会話が成立しない為、身振り手振り、時には地面に絵を描いたりしてお互いがコミュニケーションをとっていた。


短い間ではあったが、一緒に旅をしながら、お互いの名前だけは言えるようになっていた。


「・・・マニラ」

「・・・ギリアム」


ギリアムは、マニラを心配させまいように、移動中は常に手を繋ぐようにしていた。


マニラは、元々身体が弱く、走ったりが苦手なようで、移動はゆっくり目の徒歩だった。


道中、何度かモンスターに襲われはしたが、無事に目的地である人族の街に到着する事が出来た。


恐らく、ギリアムが人族の街に入ると、すぐに怪しい輩として捕まってしまうだろう。

なので、送り届けられるのはここまでだった。


ギリアムは、街の方を指差しマニラを背中をチョンと押し出す。

当然マニラもギリアムの言いたい事は分かる。

マニラは、ギリアムに優しくハグをすると、今までにない最大限の笑顔で感謝の言葉を告げた。


そして、ギリアムはマニラと別れて、元来た道へと帰って行った。

マニラは、ギリアムの姿が視認できなくなるまでその姿を目で追い、頭を下げていた。

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