第158話: シュリの両親の物語【後編】

マニラと別れたギリアムは、仲間たちの元へと急ぎ戻る。


復路は、誰の気を使うわけでもなく自分のペースで進める為、トップスピードを維持していた。


移動しながら、ギリアムはある事を考えていた。


「マニラか・・・何ていうか、守りたくなっちゃう、不思議な子だったな・・」


休まず急いだ甲斐もあり、僅か半日足らずで、元の場所へと戻る事が出来た。

だが、当然周りに仲間の姿はない。


「やはり、既に移動した後か。リーダーが、香を使うと言っていたから、その残り香を辿るしかないか」


その場に立ち止まり、目を瞑り、風下を確認すると、鼻をクンクンと動かす。


元々竜人族は、嗅覚に優れている種族だった。

常人では嗅ぎ分けれない匂いを察知する事が出来る。


すぐにギリアムは、ある方角を指差し呟く。


「相当遠くまで行ってるみたいだな。本当に微かにしか分からない」


そのまま駆け出した。


しかし、同時に別の匂いも感じ取っていた。


匂いの元凶に近付くにつれ、ある不安がギリアムの脳裏をよぎる。


しかし、半日全速力で走り続けたギリアムは、流石に疲労を感じて、止むを得ず休憩する事にした。


「軽く仮眠するか・・」


すぐに夢の中におちていく。


夢の中で、誰かが自分の事を呼んでいる気がした。


「・・・ギリアム」


誰かが自分の名前を呼んでいた。

しかし、名前の部分しか聴き取る事が出来なかった。

聞き覚えのある声だったが、それが誰なのか分からない。そんなモヤモヤを残しながら、ギリアムは眼を覚ました。


「やばいな、かなり眠ってしまっていたみたいだな」


仮眠する前は、夕暮れ時だった周りが、既に夜が明け始めていた。


再び、匂いを追跡してギリアムは走り出す。

やはり、昨日感じた匂いは間違いではなかった。


「血の匂いが濃くなっていく・・しかも大勢のが混じっている感じか・・」


ギリアムは、妙な胸騒ぎを感じていた。

しかし、同時に今想像している事はありえないとも思えていた。

あんなに強かった皆が、そう簡単にやられる訳がないと。


この草原を抜けた先辺りが、匂いの終着点のようで、ギリアムは愛用の武器を握りしめ、ゆっくりと辺りを確認しながら、進んで行く。


間違いではあって欲しいと何度も何度も願った。


しかし、事実は残酷だった。


草原を超えた先には、ギリアムの見知った人物たちの亡骸が散らばっていた。


「こ、これは・・・」


昨日まで、元気だったクナイの亡骸がそこにあった。

もはや生死を確認するまでもない。

ギリアムに出来る事と言えば、開けたままの眼を閉じるくらいだろうか。


「一体、誰がこんな・・」


ギリアムは、この場所に本来在るべきはずのものが、どこにも見当たらない事に言い知れぬ不安を感じていた。


竜人族である彼等と対峙した相手の痕跡が全くなかったのだ。

つまりは、全くの痕跡すら残さずに仲間たちを屠った事になる。


「そんな事ありえない・・」


同族の仕業ではない。

同族ならば、掟により、倒した相手は土葬する事になっているからだ。

この惨状を見る限り、次の候補に挙がるのは、リーダーが懸念していた強化オークたちだろうか?

しかし、ギリアムはそれとも違う奴を連想していた。


仲間の見るに耐えない姿を逆にしっかりとその眼に刻みつけるように眼を見開きそのまま進んでいく。


「リ、リーダー・・」


この辺りで一番激しく争ったのだろう。

爆心地のような場所の中央には、リーダーであるナイツの無残な姿が横たわっていた。


「この切断面、闇系魔術の跡か・・。魔族共が得意とする魔術だったはずだ」


リーダーに気を取られていて背後から近寄る存在に気が付くのが一瞬遅れてしまった。


薙ぎ払われた3本の斬撃が、ギリアムを襲う。

しかし、驚異的なまでの反射神経でそれを躱すと、お返しとばかりにその剣を振るった。


しかし相手も後ろへ退いて躱す。


「な、なんだお前は・・」


ギリアムがそう言うのも頷ける。


相手は、異質の存在だった。

全身黒一色の鎧を見にまとっていたからだ。

ギリアムは勿論のこと、そんな輩は見た事がないし、命を狙われるいわれもなかった。


だが、ギリアムには一目で分かった。

目の前の此奴が大事な仲間を殺めたのだと。


直後ギリアムは再びその場から飛び退く。

先程まで居た場所がクレーターのように窪んだのだ。


「闇魔術か・・・やはり、お前が皆を・・」


これを皮切りに、そこから先は、まさに死闘と呼べるものだった。


目の前の得体の知れない奴に仲間を殺され、その怒りがギリアムをバーサク状態に押し上げていた。


バーサク状態になると、物理攻撃力、敏捷性、耐久力が2倍から最大10倍になると言われている。

この時のギリアムは、少なく見積もっても5倍はくだらなかっただろう。


しかし、相手の方が一枚上手だった。

単純な強さだけならば、現状ギリアムの方に分があるだろう。

しかし、ことごとく、ギリアムの攻撃は躱され、近付けさせまいと遠距離からの攻撃に徹していた。


ギリアムも適確に放たれる攻撃に、ついには躱しきれず、途中何度か意識を持っていかれそうになる。

しかし、必死に耐え、それなりのダメージを相手にも与えていたはずだった。


黒いヘルムと仮面で、相手の顔を窺い知ることが出来ない為、一体どれ程相手にダメージが通っているのか、また、焦っているのか把握する事が出来ない。

もしかしたら、全くの余裕の表情だったのかもしれない。


「素晴らしいぞ!転生して間もないとはいえ、最強に近い能力を授かった私とここまでの勝負を繰り広げられるとはな。せめてもの情けだ。命は見逃してやる」


相手が話した言語は、人族たちが使う共通言語だった。

当然ながらギリアムには理解する事は出来なかった。


そして、喋り終わったと同時に辺り一帯を吹き飛ばすほどの大爆発がギリアムを襲った。


ギリアムは本能的に感じ取っていた。

バーサク状態で五感の全てが洗練されていたからかもしれない。

今までの攻撃は全てにおいて殺意が感じられた。

しかし、最後のこの攻撃には微塵も殺意を感じる事が出来なかった。

そして、相手がまだ本気を出していない事まで把握していた。


爆風によって飛ばされる自身の身体の感覚を感じながら、次第に意識が、薄れていく。


バーサク状態には、大きなデメリットがある。

それは、使用後の反動だ。

使用時間、倍率により、その反動は大小様々だが、今回のギリアムの反動は、結果1ヶ月近く意識を失う程のものだった。

相手から受けたダメージが大きかったせいもあるだろう。


次にギリアムが目を覚ました時、そこには1人の人族の女性の姿があった。


ギリアムの意識が戻ったのを確認した彼女は、涙を流してギリアムの左手を両手で握り締め、何度も何度も彼の名前を呼んでいた。


ギリアムは、気を失っている所をマニラに助けられたのだ。


ギリアムと別れた彼女は、すぐに我が家へ戻り、生存の喜びを両親と分かち合った。

小さな田舎町ではあったが、マニラの家はその中でも一番の豪邸だった。


この街の領主の娘だったからだ。

両親は、娘を救ってくれたお礼がしたいと、親子3人と優秀な護衛を連れて、すぐにギリアムの後を追った。

2人の出会った場所までは、マニラの記憶を頼りに辿り着くことが出来たのだが、既にそこには誰も居なかった。

しかし、マニラが「こっちの方にいるような気がする」と御者を先導し、見事にギリアムが倒れている所を見つけ出したのだ。

その行為は奇跡と言っても過言ではない。


ギリアムは、身体中酷い傷だらけで、生きているのが不思議なくらいの状態だった。

後少しでも発見が遅れれば、助からなかったかもしれない。

馬車には、道中の不測の事態に備えて、治癒ヒールの使えるメイドを同乗させていたのも幸いした。



今、ギリアムは清潔そうなベッドの上に横たわっている。

マニラの住んでいる屋敷まで連れ帰えり、ギリアムが目を覚ますまで、約1ヶ月の時間が過ぎていた。


マニラは、献身的にギリアムを介護していた。


その甲斐もあり、今に至る。


当初、ギリアムは仲間が全員殺されてしまった事に絶望していた。生きる希望すら見出せずに。

食事も喉を通らず、ボーッと窓の外を見つめるだけの人形のように成り果てようとしていた。


ただ時間だけが過ぎて行き、いっそのこと、このまま死んでしまった方が楽なのではないだろうか?とさえ、考えるようになっていた。


しかし、そんなギリアムを救ったのもまたマニラだった。


「ワカル・・カシラ・・・?」


少し変な間と訛りがあるが、まさしくそれは久しく聞いていなかった竜人族の言語だった。

しかし、ギリアムが発したものではない。


ギリアムが驚き、その声のした方へと顔を向ける。


その視界の先には、マニラの姿があった。


マニラの手には、開かれたままの本を持っていた。


「ギリアムとカイワシタイ、私ベンキョウ中。意味ツウジル?」


ギリアムには頬を伝うものが確かにあった。


ギリアムは、涙を流していたのだ。

なぜ、急に涙が零れ落ちてきたのか本人自身も分からなかった。

只々彼女の、マニラの優しさがギリアムの生きる希望を失った心に訴えかけたのだ。


「分かるよ・・・マニラ・・」

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